はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

ご機嫌いかが

2009-07-11 19:10:53 | はがき随筆
 77歳の知人は、ご主人を亡くして16年。8年前に1人っ子同士の結婚をした子供さんは、お義母さんと同居している。
 「娘は一向に赤ちゃんを産んでくれなくて。私たちの面倒もだけど『診察を受けないなら、あなたには財産を譲りません、と遺言を書く』と話そうかと思います」。切実な願いが□に出たけど、次に会った時はその話は出ずじまいだった。
 条件を出して生まれるものならなあ。半年前に嫁いだ自分の娘もまだ兆しはなく、少子化問題は身近にありそう。コウノトリのご機嫌を伺いたい。
  いちき串木野市 奥吉志代子(60) 2009/7/11 毎日新聞鹿児島版掲載

朝市にて

2009-07-11 19:03:56 | はがき随筆
 2歳の孫娘と朝市に行った。露店の前には試食品があり、店の人は笑顔で孫に試食を勧める。孫は喜んで何度もつまんだ。
 買い物をすませ、帰ろうとしたら孫がいない。見回すと、少し離れた店の試食品の前でモジモジしていた。当然、店の人はスポンサーの見当たらない子には試食は勧めない。「早くおいで」と呼ぶと、店の人も「ほら、お母さんが呼んでるよ」
 すると、渋々歩き出していた孫が立ち止まるや、振り返り叫んだ。「お母さんじゃないよ。ばばちゃんだよ」。お店の人はびっくり。お母さんと言われ気を良くしていた私は苦笑い。
  出水市 清水昌子(56) 2009/7/10 毎日新聞鹿児島版掲載

私の積み木

2009-07-11 18:41:14 | 女の気持ち/男の気持ち
 また、積み木をひとつずつ積み上げている。今度はどんな型に積み上げようかと迷いながら。せっかく積み上げても壊されてしまうけど……。
 この春、結婚してから8回目の引っ越しを済ませた。前回からわずか7ヵ月だった。前々回は夫が突然時期はずれの異動になり、私は急に仕事を辞めざるを得なかった。仕方がない。ずっと夫と一緒に回ると決めたのだから。
 こうして夫の転勤に伴って県内各地を回っていると、いろいろな土地に行ける楽しみはある。今まで住んだ町がニュースに出たりすると懐かしく思い出される。夫が退職したら、かつて住んだ場所を2人で訪ねる楽しみもある。でも、ここ数年は少々疲れ気味。
 せっかく新しい生活を築き上げても、どうせまた壊されてしまうと思うと虚しくなる。
 そんな私の耳に聞こえてくる「新しい土地での生活を楽しみなさい」「自分から積極的に入っていかないとダメよ」という声。私は強く耳をふさぎ、「分かってる。分かってる」と叫ぶ。
 夫の仕事上、私も今までその地域になじもうと精いっぱい頑張ってきた。もちろん楽しいこともいっぱいあった。今度の場所もとても心地のよさそうな町でホッとしている。
 でも、私はもう頑張りたくない。これからの積み木は、ひとつずつ、ひとつずつ、ゆっくりと私の好きな型に積み上げていきたい。
  鹿児島県中種子町 西田 光子・51歳 2009/7/10 の気持ち掲載

変調でした

2009-07-11 09:55:55 | はがき随筆
 あ、もし、M様。少々他人行儀にこう呼ばせてください。何しろ、前触れもない見知らぬ方と思ったものですから。
 その日は目まいと耳鳴りで起きられませんでした。用足しでは激しいおう吐もきました。
 おかしいな。悪い食べ合わせだろうか。それとも脳卒中のたぐいかな。でもしびれはない。
 私は枕元の電子辞書で横のままご芳名を探してみました。
 メニエール様なのですね。あなたからのメッセージも分かりました。年相応に無理なく、ですね。それから2週間ほどたちマスターズ陸上に出ました。
 懲りない男です。では。
  出水市 松尾繁(74) 2009/7/9 毎日新聞鹿児島版掲載

あまのじゃく

2009-07-11 09:52:41 | はがき随筆
私は実に従順な患者である。スタッフの言うことはもちろん、どんなに苦しい検査も飲み薬も拒否しないので、周囲の私に対する態度は好意的である。
 しかし行動と精神は必ずしも一致しない。長い聞、閉そく状況に置かれた私の心はボロボロである。看護師が「がんばりましょうね」と言えば「もうこれ以上がんばれない」と言いたくなる。妻が「手術は大丈夫」と励ませば「盲腸も切ったことのない人間に何かわかるか」と悪態の一つもつきたくなる。
 すっかり精神があまのじゃくになった私。でもこちらが居心地がよく、似つかわしいのだ。
  伊佐市 山室悟入(62) 2009/7/8 毎日新聞鹿児島版掲載

初めての旅

2009-07-11 09:09:31 | はがき随筆
 6歳の時、母親と姉に連れられて阿蘇の父の実家への旅。母がくれた柿を食べてバスの中で吐いてしまった。有佐駅で初めて汽車に乗った。機関車に驚いた。発車の時、機関車の悲鳴。何もかも生まれて初めての経験。汽車が動き出すとガクンと乗客がうごめいた。立野駅から高森線に乗り換え、白川鉄橋から谷底の川が小さく見えて渡るとすぐトンネルに入る。70年前の光景が今も残像として思い出される。用水が止まって魚がたくさん取れた。帰る前、母がいつ帰るねと聞かれた。私が、串ざしにされた魚が無くなってから帰ると告げて皆から笑われた。
  鹿屋市 山口弘(77) 2009/7/7 毎日新聞鹿児島版掲載
写真はマーキュリーGO GO!!さん

2009-07-11 08:31:18 | はがき随筆
 ぶらりと家の畑を歩いた。
 モンシロチョウがうれしそうに飛び交い、スズメもチュンチュン遊んでいる。アジサイの花が、今が一番と言うように色とりどりに咲いている。カンナも真っ赤な花を咲かせている。梅の木も桃の木もビワの木も、それぞれにおいしそうな実をつけている。柿の木は小さな実をつけて秋を待っている。ツワも青ジソも赤ジソも、所狭しと咲き誇っている。
 今年も食卓をにぎやかにしてくれる。母が丹精込めて育てている畑。土とはありがたい。人と共に、季節ごとにさまざまなものを育ててくれる。
  出水市 山岡淳子(51) 2009/7/6特集版-4
  毎日新聞鹿児島版掲載


開けたまま

2009-07-11 08:25:11 | はがき随筆
 遠くでサイレンの音を聞きながら、わが家に消防車が出動した日のことを、ふと思い出す。
 「トイレの鍵が開かんど」と大騒動する夫は以前、エレベーターに取り残されたことがあった。視覚障害のため閉じ込められることに強い恐怖心がある。「はよ119番せんか」と叫ぶ。半ば冷静な私も消防車を待つしかなかった。
 「お茶でもいかが?」と小窓からのぞくと「まだか」と怖い顔。隊員らの機敏な行動で救出劇は終わった。夫いわく、トイレは開けたままにしてくれ、と座り込む。
 今日もトイレは、オープン・ザ・ドア。
  鹿児島市 竹之内美知子(75) 2009/7/6 特集版-3
  毎日新聞鹿児島版掲載


お疲れ様

2009-07-11 08:20:23 | はがき随筆
 湿田の段差と広いあぜを子孫が作りやすいものにして残そうと、夫が定年退職を機に、コンクリート工事を始めた。土木は全く素人だったが15年目の今年、事故もなく無事完成した。
 収穫が済み次の作付けまでの間、小型のコンクリートミキサーとスコップなどの道具を駆使して、一人でコツコツと働いた。高さ2㍍の擁壁が四つ、―・5㍍平
均が三つ、全長約220㍍の大工事であった。少しずつ出来上がってゆくのが楽しいと、真っ黒に日焼けした顔でよく言っていた。
 「米作りに専念できるぞ」
△父の日や田毎に父の働く日▽
  薩摩川内市 森孝子(67) 2009/7/6 特集版-2 
  毎日新聞鹿児島版掲載


たくましく

2009-07-11 08:16:47 | はがき随筆
 先日、底に敷き詰めたレンガの継ぎ目に生えた母子草・カタバミなどの雑草や、ペチュニア、マツバボタンなどの花を抜き取ろうと前かがみになった。好天続きでぐったりはしているが、しゃく熱と風雨に耐え抜き、更に人間に始終踏みつけられ、なおも生き続ける草花のたくましさに驚くばかり。草花のその基本は「種族保存」という生への強烈な営みだろう。
 新型インフルエンザの感染に構える各国の最善の対応と、先の草花とを比べる愚かさは分かるが、人開のか弱さを痛感するのみ。心身共に耐える力を常に蓄える努力を続けるのみ。
  薩摩川内市 下市良幸(79) 2009/7/6 特集版-1
  毎日新聞鹿児島版掲載