はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

猪口を合わせて

2009-09-03 17:10:55 | 女の気持ち/男の気持ち
 食卓にお猪□が二つ並ぶようになったのは今年の初め頃だったろうか。下戸の標本のような私。ほんの少々たしなむ妻。合わせても晩酌と呼ぶのもおこがましいほどの酒量である。それでも一日の締めくくりに「お疲れ」「ご苦労さん」と言葉を交わし、カチツと合わせるお猪□の音を楽しんでいる。
 母と3人暮らしの頃は、母に誘われるまま、たまに楽しんでいた晩酌。母の大腿骨骨折入院を機に封印した。
 「高齢ゆえ、いついかなる状態になるか。そのリスクをしっかり承知しておいてください」と医師からも、続く介護施設入所の面談でも厳しく申し渡された。
 夫婦で「2人同時にお酒を飲まない」「携帯電話は肌身離さない」と誓った。緊急呼び出しにもすぐに車で対応できる態勢を整えておく。それが母と一緒に生きている証しなのだと思いたかった。
 骨折から3年、101歳の母を昨秋見送った。その頃から携帯電話の扱いがぞんざいになり、どこに置いたかすぐ忘れる。固定電話で音を鳴らし探し当てることも多い。ただこれは、肌身離さなかった頃の緊迫感から解放されたせいだけでもなさそうだ。
 晩酌を復活させたように、携帯電話にも楽しい話、おいしい話での出番を増やせるよう努力して、少し緊張感のある生活リズムを取り戻そう。母の年を目標に、元気で楽しい老後を目指して。
  山□県岩国市 吉岡 賢一・67歳 2009/9/3 毎日新聞の気持ち掲載

窓辺のウキ

2009-09-03 17:04:02 | はがき随筆
 ウキを買った。小さいが、鮮やかなその色彩が私をとりこにしたのだ。釣りざおにセットするとアトリエの窓辺に飾った。
 少年の日、理想の竹を探し回ったものだ。選び抜いた竹は火にあぶり布で磨き、愛用の釣りざおとした。木を削り父の油絵の具で赤や黄や緑色を塗り自慢のウキにした。コオロギの枕になるような小石はオモリとなった。少年にとって1本の釣り針は宝同然だった。近くの三角池のマコモの根元でミミズをエサによくフナを釣ったなあー。
 窓辺のウキは今、遠く懐かしい黄土色の夏への、秘密の入り口になっているのだ。
  出水市 中島征士(64) 2009/9/3 毎日新聞鹿児島版掲載

飛ぶ

2009-09-03 17:01:51 | はがき随筆
 夏の海、フェリーのデッキからはるかかなたの洋上に1羽の鳥を見つけた。どこの陸地を目指しているのだろう。向かい風を受けて時に高く、時に海面スレスレに飛び続ける。鳥に自分を重ねた。「白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」。牧水の歌が脳裏をかすめたのだ。私には、20代に10年間の苦しい低空飛行の時期があり、今はその2度目のまっただ中。心の折れそうな日々が続き、ハッと我に帰っては自分を励ます。この身もいつかこの大海原の藻くずとなろうが、今一度頼もしき上昇気流を捕らえ、心安らかな飛行を果たさん。
  霧島市 久野茂樹(60) 2009/9/2 毎日新聞鹿児島版掲載