はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

厄介者こそ

2009-09-21 18:29:00 | 女の気持ち/男の気持ち
 出水平野の稲穂が出そろった。これから開花して結実する大事な時期を迎え、農家が最も緊張する時である。この時期の台風襲来は、稲に多大な被害を及ぼし、農家ならずともご遠慮申し上げたい。嫌なお客様である。
 高大切な田に欠かせないのが畦である。稲の生育の見回りに、肥料まき、農薬散布にと重宝される。必要不可欠な畦も雑草に悩まされる。田植え前に一回目の畦刈りをして稲刈りまでに五回ほどの手間ひまをかけさせる。厄介なやんちゃ坊主である。
 そこで農家も知恵を絞る。まずマルチビニールで畦を覆ってみた。雑草は繁茂しないし、実に歩きやすい。このアイデアに飛びついた農家は多かった。しかしそれまでの雑草の根が腐り、4年もすると畦が崩壊してしまったのだ。これには農家も慌てふためき、ビニールを引っぱがした。
 そうこうしていると散布するだけで雑草の根まで枯らすという除草剤が発売された。これを農家が見逃すはずがない。しかし雑草が枯れると畦は年々風化が進んでやせ衰えていった。これも農家が期待したほどではなかった。農家に畦借りの手間暇をかけさせる一番の厄介者が畦を保護していたのだ。
 しばらくすると出水平野が黄金色に染まる。そしてバインダーやコンバインが走り回り、収穫期を迎える。田んぼに笑顔がはじけるのももう間もなくである。
  出水市 道田道範(60) 2009/9/15 毎日新聞の気持ち掲載

ダンマ

2009-09-21 18:06:23 | はがき随筆
 私が小2の夏休み。唐芋と網を持たされ、姉と広瀬川に行った。唐芋を□でかみ、大小の石が重なり合う場所に吐き出す。10分もすると、ダンマ(テナガエビ)が数匹集まる。そのダンマを姉が、網ですくう。2時間もするとバケツー杯になった。貧しき食卓を、ダンマがにぎやかに飾ったものだ。
 その年の田植えが終わり、初耳の「ホリドール」なる除草剤が、出水市の田に一斉に散布された。翌年には、ダンマが広瀬川から消えた。
 農業用水路に、幻となったダンマを発見。唐芋をゆで、えさやりに行く今日このごろ。
  出水市 道田道範(60) 2009/9/17 毎日新聞鹿児島版掲載

心の洗濯

2009-09-21 18:03:28 | はがき随筆
 1300年間、奈良の興福寺で仏を守り、日本の歴史を見てきた阿修羅像が、九州国立博物館で多くの人を魅了している。
 三つの顔と6本の手の立身像はあやしく神々しい。愁いをおびたまなざしで正面を見る顔はいとしく、まゆの上がりや結んだ唇は厳しく……切ない。
 工匠が像を人の姿で表わし、心の微妙な動きを見事に描写した究極の技と美に心打たれる。いつの間にか手を合わせていた。阿修羅像の神髄は深く広い。
 30年ぶりに拝観した「天平の美少年」に、改めて芸術の崇高さを教えられた。心の洗濯も出来て秋空の気分である。
  出水市 清田文雄(70) 2009.9.16 毎日新聞鹿児島版掲載



エリックさん

2009-09-21 18:00:44 | はがき随筆
 米国ケンタッキー州より4年回、ALT(外国語指導助手)として市内小中学校で熱心にユーモアあふれる授業展開。父母たちも良い先生だったとうわさしてます。こよなく阿久根のサンセット、ボンタン、人情を愛し帰国されました。市報に写真入りで市民のみなさんへとメッセージを残されて。米国では歴史の先生になられるとのこと。阿久根の生活も生きた教材になることでしょう。僕は市役所に用件がてらエリックさんを訪ねました。木曜がフリーだったので。気さくな方で好青年、息子のような感じでした。ありがとうエリック先生。お達者で。
  阿久根市 松永修行(83) 2009/9/15 毎日新聞鹿児島版掲載


はがき随筆特集版-3

2009-09-21 17:37:34 | はがき随筆
「初めての屋久島」
  清澄な川の流れに手を浸す。水しぶきにぬれて岩々は緑にこけむし、わく霧は音もなく眼前を流れる。ここ白谷雲水峡から幽玄な「もののけ姫」の森を目指して一歩一歩登る。翌日は渓谷と神秘の森「ヤクスギランド」へ。命尽きて倒れた杉の大木に若木が育っている。
 太古から繰り返される命の交代と競争。樹齢3000年を生きる紀元杉には19種類もの植物が養生していて驚かされた。
 本土より小型化した歯科や猿がかわいらしく、孫たちも大喜び。いくつもの滝、山々、永田浜など自然の豊かさに感動。今度は縄文杉に会いに行くぞ。
  霧島市 秋峯いくよ(69) 2009/9/14 毎日新聞鹿児島版掲載



はがき随筆特集版-2

2009-09-21 17:29:34 | はがき随筆
「バームクーヘン」
 バームクーヘンが好きだが、あの木目はどうして作るか食べる度に思案した。先日、野外活動の研修で意外に簡単にできた。
 小麦粉、卵、バター、砂糖を混ぜたタネを青竹に塗り、回しながら燃える火であぶった。焼き色がついたら、その上にまたタネを回しかけてあぶる。童心に返り日焼けも忘れて回した。何回か繰り返し、竹を立て底をたたくと焼けた菓子はすり抜けた。どきどきしながら包丁をあてる。輪切ると渦の木目がきれいなバームクーヘン。
 早速試食。ケーキ店のものにも劣らぬおいしさに感激。素朴な道具で出来たことにまた感動。
 出水市上知識町 年神貞子(73) 2009/9/14 毎日新聞鹿児島版掲載


はがき随筆特集版-1

2009-09-21 17:26:02 | はがき随筆
「カンチョ」
 夏、ラジオで半藤一利さんの話を聞いていました。昭和史の余聞です。「鉄拳制裁で」にびっくりしました。少年時代の憤激を呼び出す言葉でしたから。「げんこつ」とも言い大抵の男子はくらったものです。薩摩(出水)方言では「カンチョ」です。今ではこの行為は見られませんが、暴力自体はこの社会から消えてはいません。
 柳田国男の「後狩詞記」(のちのかりことばのき)の中には<「カンチョウ」 (鹿)>とあるそうです。両者は無関係かも知れません。でもこのとっぴな発音の語の語源を知りたいもので
す。韓国の古語、日本の狩猟民へ、そして……、と伝承したのか。
  出水市 松尾繁(74) 2009/9/14 毎日新聞鹿児島版掲載

夏の終わりに

2009-09-21 17:10:40 | はがき随筆
 朝の大合唱は、玄関を開けると更にボリュームを上げてのセミしぐれ。今年は殊の外うるさく感じられたのは年のせいだろうか。それがお盆をピークに、日ごとに鳴き声が静かになっていった。そのうち全然聞こえなくなって「あれ?」と思ったのは8月も終りのころだった。はかない命を精いっぱい生きたセミが哀れにさえも感じられた。
 40年前、子供たちの夏休みは昆虫採集だった。真っ赤な顔でセミを捕まえ、大きさや形を競い合っていた。今や孫たちは、エコ対策や自由研究がテーマというから、まさに時代の移り変わりを感じる。
  鹿児島市 竹之内美知子(75) 2009/9/13 毎日新聞鹿児島版掲載

妻権交替

2009-09-21 17:07:38 | はがき随筆
 健康体操講師の妻は忙しい日々。よって家事を手伝う。米を研ぐという言葉通り、炊飯の米は研いで洗う。始めは右手で次は左手で力強く研ぐ。朝ドラの好きな妻はその時間帯、洗濯機がとまっても動かない。数十枚のシャツや下着をたたんでカゴの中へという仕事は私の役目。布団の上げ下げも私。毎朝押し入れにしまい込むのだ。料理の領域だけはまだだが、魚ならおいしく焼ける。芋やクリやトウモロコシの煮かたは私の専門。総選挙が終わり深夜まで2人して開票速報を見ていたが、妻が寝入りばな政権交代だねと言ったのが妻権交代と聞こえた。
  志布志市 武田佐俊(66) 2009/9/12 毎日新聞鹿児島版掲載

ぼくらの世代

2009-09-21 17:04:09 | はがき随筆
 父が迎えることの出来なかった古希を迎えることになった。特別な感慨など無いが、振り返る気持ちにはなる。そして、記憶の最初に現われたのは戦争である。やはり恐怖が根底にある記憶は消し難いのだろうか。
 盛岡の連隊で父と面会した時のこと。Bー29の編隊が針の先を並べたようにキラキラ光りながら青空に浮き、妹を背負った母に手を引かれ、夜空を染めて燃える立川と調布の飛行場を雑木林から眺めた記憶。さらにアブラゼミが鳴く暑い日の終戦。
 就学前の記憶であり、戦争の恐怖を見た最後の世代かもしれない。
  志布志市 若宮庸成(69) 2009/9/11 毎日新聞鹿児島版掲載