8月中旬、風がそよりとも吹かない蒸し暑い夜の9時近く、外からポーン、ポーンと規則正しい小さな音が聞こえてくる。ベランダに出てみると、遠くの山並みの空に花火が上がっていた。
「ああ、花火か……」
どこから打ち上げられているのか分からないが、毎年見られる美しい打ち上げ花火である。
じっと見ていると、去年の今ごろはまだ夫は生きていたんだなあと、頭の中で時間をもどす。
親を介護していた夫から、体調が悪いと電話があった。すぐに姑を預かってもらえる施設を探し、8月31日に検査入院をした。その結果、末期の胃がんで手遅れであることが分かった。ショックで動転する私に代わり、夫が自身で病状説明を聞いていた。それからバタバタと日が過ぎて、ひと月と5日で帰らぬ人となってしまった。
本人は苦しく辛かったと思うのだが、見舞客には終始笑顔を見せて応対していた。しかし、亡くなる前日に「見舞客は断ってくれないか」と寂しそうな小さな声でそうつぶやいた。
翌日、血圧が急に下がり、この世を去った。
映画のタイトルじゃないけれど、名もなく貧しくを地でいったような人生だった。自分を無にして相手をたてるすべをもっていた。私にはまねのできることではない。
花火を見ながら時の流れの早さを感じた。
福岡県宗像市 安西純子(60歳) 2010/9/6 毎日新聞女の気持ち欄掲載