はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

城山

2010-09-21 22:46:29 | はがき随筆
 私用で城山近くの町まで行ったので、久しぶりと思い、岩崎谷沿いの車道を歩いて西郷さん最後の地を経て山頂にたどり着いた。
 そこには世界の趨勢を顕すがごとく、中国人観光客が約100人ほどおられて大変な賑わいである。
 やはり雄大な桜島と眼下の街並みの風景は、一幅の絵画になるのであり、人気があるのだろう。
 下りは遊歩道を行き、先ほどの喧噪が、ウソのように静謐な森と空気のうまさに1人たたずむことであった。
  鹿児島市 下市幸一(61) 2010/9/21 毎日新聞鹿児島版掲載

3歳の彼へ

2010-09-21 22:43:17 | ペン&ぺん
 「3歳でピアノ教室に通い始めたんです。でも小学生の時に、やめたくなって」
 1984年生まれの若きジャズ・ピアニスト、松本圭使が鍵盤の前を離れようとした時だ。松本が話を続ける。
 「そしたら、親に『あなたが行きたいと、せがんだのでピアノを習わせた。自分の言葉に責任を持ちなさい』と言われて。3歳の時に、せがんだ記憶はないんですが」
 北薩地区のプロテスタント系の教会で育った。賛美歌を身近に聴いて暮らしたことが今の演奏に影響を与えたかと尋ねると、松本は「自分では分からないんです、自分では」と答えた。
 鹿児島市内の高校に通っている時も、部活動はせず、ひたすらピアノだけにのめり込んでいた。17歳で、ジャズ・ピアノの巨匠ビル・エヴァンスの旋律に触れ、感じる所があり、ジャズに転向した。
 ニューヨークに渡ったあと2006年に帰国。今は鹿児島を拠点に九州各地のライブハウスやイベントに出演している。
 CDを出した。タイトルは「ジ・アザー・サイド・オブ・イット」。直訳すれば「それの違う側面」。シャレた邦題を考えようと水を向けた。「ひっくり返せ」「本当の真実は裏側に」の2案を提示すると、松本は「邦題を添えるほど、曲名やタイトルに思い入れがないんです」という。「あえて言えば」と言って「本当の……」を選んだ。
 「それに、歌詞が覚えられないんです。何度聞いても。職業病です」と恥ずかしそうに笑う。「ピアノ演奏のフレーズは聴けば即、覚えるのに。歌うと音痴ですしね」
 天は二物を与えずか。
 3歳だった松本圭使がピアノを習うことを親にせがんだ。それが今、20歳代の真ん中の彼に、続いている。彼の演奏を聴くと、こう思う。3歳だった圭使くん、ステキな音楽を、ありがとう。
    敬称略
 鹿児島支局長・馬原浩 2010/9/20毎日新聞掲載

ヒマワリ

2010-09-21 22:28:18 | はがき随筆


 フランスの新幹線TGVが、ヒマワリの群生を割くように走る。大輪の黄色いじゅうたんが延々と続くさまは壮観だ。
 窓にイタリアの女優、ソフィア・ローレンの寂しい顔が浮かび上がる。彼女の代表作「ひまわり」。昔の恋人同士が夢にまで見た再会。そして……永久の別れ。駅から遠ざかる列車を“太陽の花”が囲み、切ないテーマ曲が後を追う。そのラストシーンは観る人の胸を打つ。映画の感傷に浸っていると、TGVは平原を抜けパリに着いた。
 夏の庭のヒマワリは草取りの疲れを癒し、20年前の旅の思い出に誘ってくれた。
  出水市 清田文雄(71) 2010/9/20 毎日新聞鹿児島版掲載

自分を忘れた日

2010-09-21 22:21:12 | はがき随筆
 月末の早朝、トイレの貯水槽の水が止まらず隣家に助けを求めたが、留守。業者は遠方の工事で不在。店の方が来てくれて止めてくれたが、30年前の水道敷設時の水栓が不明で、水が止められない。酷暑の中で必死に花壇を探す。修理を終えたのは夕刻だったが、安心して床に就く。翌朝、網戸の溝から大きなムカデが家へ素早く入り込む。部屋中の床に殺虫剤を噴霧し続け、弱った虫を震えながら捕獲した。
 体調を気にして常に平静を心がけて息苦しさに一喜一憂する自分を忘れた2日間だった。
  薩摩川内市 上野昭子(81) 2010/9/19 毎日新聞鹿児島版掲載

夏休み

2010-09-21 22:15:56 | はがき随筆
 ラジオから「長い夏休みが終わりましたねぇ」とアナウンサーの声。リスナーから「夏休みが終わってホッとしました」「子どもがうるさくて、うんざりでした」のメッセージ。
 私は商売を営んでいるので、子供たちは高学年になると私が掃除機をかけている時や洗濯物を干している時など、よく「お店番! お店番!」と言って当たり前のように手伝ってくれてとても助かった。だから子供たちが休みになると私の方が、うれしくなった。
 「夏休み」には親もさまざまな思いがあるんだなぁ……。ラジオを聴きながら思った。
  垂水市 宮下康(51) 2010/9/18 毎日新聞鹿児島版掲載

甑島

2010-09-21 22:01:32 | はがき随筆


 サークルで鹿の子百合の盛りのころ行くはずの旅行が、個々の小用で盆が過ぎて出掛けた。
 里港に着き、バスで島巡り。あきらめていた百合が、ぽつぽつと沿道にやさしく迎えてくれた。長目の浜、玉石海岸の美しさに感嘆。瀬尾の三滝で縁に立ち、見あげればとうとうと流れ落ちる水を目にし岩山の保水力に驚いた。甑島は台風の通り道。船から見た山肌にはう樹形や、陸からは見えない滝の景観に感動した。家事を離れて9人の仲間。語り放題。2泊3日の旅はフレッシュな気分にしてくれた。白く内面に淡紅色のぼかし。名残の百合が美しかった。
  出水市 年神貞子(74) 2010/9/17 毎日新聞鹿児島版掲載
写真はフォトライブラリより

夜明けの渚

2010-09-21 21:55:44 | はがき随筆
 9月に入って夜明けがまた遅くなった。早起きの身に朝が遅いのは困るが、いつも海岸まで車を走らせて海を見る。肺気腫の疑いがあると言われ、歩くのはやめたが、渚に立って波の音を聞くのは好きである。
 台風10号のせいで海も空も今朝は荒れていたが、雲の切れ間に遠く細い眉月が光っていた。ついこの間は、満月だったように思えるが、いつの間にか細くなっている。1人になって眉月を見ると、ふと人生の終わりを思い、寂しくなる。月のように、また膨らむ日はないが、精いっぱい頑張って命ある限り強く生きたいものだと思う。
  志布志市 小村豊一郎(84) 2010/9/16 毎日新聞鹿児島版掲載