はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

ぼくの夏

2018-08-23 16:13:42 | はがき随筆


 ぼくは8月生まれで夏が好きだ。暑さを嫌う人には理解できないと思うが、その暑さがいいのである。苦にならなかった暑さに異変を感じたのは去年の夏、体にこたえるようになった。
 温暖化も顕著だし、春が早く終わり秋がなかなか来ない。年のことは言いたくないがそれもあるのだろう。今年もゆでるような暑さが来た。でも暑い夏を嫌悪する気にはならない。思い出多い季節だから。空襲の恐怖から解放された暑い日から、今に至る夏の思い出は数え出したら切りがない。もちろん燃えるような恋も。さて、今年の夏は何を残してくれるかしら……。
 鹿児島県志布志市 若宮庸成(78) 2018/8/23 毎日新聞鹿児島版掲載

昔のおはなし

2018-08-23 15:46:25 | はがき随筆


 豆腐売りのラッパが聞こえると鍋を持って表へ急ぐ。昔は自転車の荷台か、リヤカーを引きラッパを吹いてまわってきていた。今スーパーに並んでいる食料品のすべてば昔は量り売りだった。醤油、油、酢なども空き瓶を持って買いに行っていた。菓子類も袋入りなどなくて全部裸で硝子瓶の中に入っていた。煎餅や飴玉は量り売り。べっ甲飴が1銭で2個、買いに行くと店のおばさんが手も洗わずに硝子瓶の中からつかんで新聞紙に包んでくれた。今は衛生面も煩わしくなっているが昔の子供はそんな生活の中で元気に育っていた。
 宮崎市 田上蒼生子(99) 2018/8/23 毎日新聞鹿児島版掲載花束

花束との出会い

2018-08-23 15:10:36 | はがき随筆


 縁あって、花束を届ける仕事をしています。苦しみ、悲しみ、つらさを笑顔に変えてくれる。
 花束にはそんな不思議な力があると感じています。受け取ってくださる方は誰しも両手いっぱいに大事そうに腕の中に収めてくれます。その後一言二言会話を交わすのですが、さまざまな体験を経て今日まである方のお話はどれも貴重でありがたい限りです。たった一つの花束が大きな花の輪を紡いでいき、私はいつも皆様に育てられているのです。
 今日もそんなすてきな出会いを求めて花束を届けるのです。
 熊本県 宇城市 野澤美和(53) 2018/8/23 毎日新聞鹿児島版掲載

人目も引かず

2018-08-23 15:00:15 | はがき随筆
 認知症の母の受診に付き添った日のこと。最初の病院は朝6時半の予約だったので、母をせかしながら、自分もバタバタと準備をして出かけました。
 次の病院に行く途中、スーパーで買い物もしました。そして次の病院での診察も終わり、ほっとして私はトイレにたったのです。用を済ませ手を洗おうとしたとき、驚愕! 朝、前髪に巻いたカーラーがそのまま……。二つの病院とスーパーで、私はたくさんの人と会って話をしたが、誰も教えてくれなかった……。
 私は人目も引かず、介護の日々に明け暮れています。
  鹿児島県出水市 清水昌子(65) 2018/8/23 毎日新聞鹿児島版掲載

真夏の一夜

2018-08-23 14:54:08 | はがき随筆
 その夜、夢の中の私は50代で昭和の時代の見知らぬ景色の中にいた。大きな川のそばに広がる商店街の一角に住まいがある。午前中私は散歩に出た。2本の大通りを横切り、大型店舗を横目に見て、周辺を一巡して帰ろうとするも、どうしても帰りつけない。私は専業主婦だが、夢の中ではなぜか勤めを持っていた。「遅刻する。社長に怒られる」と狼狽えまくっている。
 暑さで幾度も目が覚めトイレに起きたりパジャマの上着を脱いだり……。しかし夢は続き、結局途方に暮れたままで終わった。朝眼を見開くと逆さまに寝ていた。ああしんど。
 宮崎県延岡市 佐藤桂子(70) 2018/8/23 毎日新聞鹿児島版掲載

にくじ

2018-08-23 14:47:24 | はがき随筆
 父が転勤族だったこともあり、生粋の方言をうまく使いこなせない。それなのに、娘との会話の中で、唐突に「にくじじゃないの」と発していた。
 「なあに? 何て言ったの」。娘に聞き返されて自分でもびっくりしてしまった。「聞いたことない?」「うん、初めて聞いた」「じゃあ、山口の言葉かしらねえ」。早速PCで検索してみる。「故意に」。山口地方の方言、熊本地方の方言、と併記してある。熊本で生まれ、山口で青春時代を過ごした私にとって、同じようなニュアンスの言葉が使われていたことに、何とはなしに愉快になった。
 熊本県菊陽町 有村貴代子(71) 2018/8/23 毎日新聞鹿児島版掲載

ぐうたら度

2018-08-23 14:22:37 | はがき随筆
 髄膜腫を患って30年以上。癒着がひどくて温存手術だったので残った腫瘍が視神経を圧迫し、視力障害に苦しんでいる。再発の不安に脅えながらも生き続けて、超ぐうたらババアになった。
 足の踏み場もないほど部屋が散らかっているのに、気にならない。外回り担当の夫も草ぼうぼう、車庫はゴミ置き場のようになっているのに「汚れていても死にはせん」。調子に乗って私はますます手抜きする。
 西日本水害で浸水した家を必死になって掃除する人々の大変さに触れ、ぐうたら度を下げようと心から思った。
 鹿児島市 馬渡浩子(70) 2018/8/23 毎日新聞鹿児島版掲載

18万円

2018-08-23 14:07:41 | はがき随筆


 ずらりといろんなタイプのコーヒーカップが店内に飾ってある。その数二千客余りという。その中から好みを選んでコーヒー淹れてもらえる。始めて訪れたときは、入念に色や形を吟味し、さらに少し欲も出て中身がたっぷり入るような器にしたと記憶している。
 今回は、選ぶのが面倒で、お店の人に任せた。すると「これにしましょう」と水色ベースに桜模様のを推薦された。「これ1客18万円もするんですよ」と告げられ正直たまげた。
 おすましのポーズになり普段食べもしないモンブランケーキまで注文してしまった。
  宮崎市 藤田悦子(70) 2018/8/22 毎日新聞鹿児島版掲載

翁長知事を悼んで

2018-08-23 14:00:17 | はがき随筆
 翁長沖縄県知事が逝去された。余りにも急なことでぼうぜんとし、深い喪失感に襲われるのをどうすることもできない。
 凄惨な地上戦の末、戦後は長い占領下にあり、本土復帰後もずっと沖縄は不条理と不平等に苦しんできた。私たちはそのことに負い目を感じつつも頬かむりしてきた。本土のエゴである。翁長氏は在日米軍基地の7割が沖縄にあることの負担をこれ以上は増やさないでと訴え続けられた。がんの病魔と闘いながらまさに命がけであられた。「翁長雄志」の名は国に立ち向かった政治家として青史に永く刻まれるであろう。
  熊本市中央区 増永陽(88) 2018/8/21 毎日新聞鹿児島版掲載

明日がある

2018-08-23 13:44:02 | はがき随筆
 電子掲示板に受付番号が表示されないので、看護師さんが私の名前を呼んだ。「ザコツシンケイツウ」さんと聞こえた。耳を疑い診察室で医師に「ザコツシンケイツウ」さんと聞こえましたと問うと「はい、そう呼んだよ」と即答された。医師と目が合い「アッハハ」と笑い転げた。誠に正直だ。
 注射を打つ。注射は格別に効いた。お代の支払いの際も「ザコツシンケイツウ」と聞こえた。陣痛のごとく激痛に見舞われたが、看護師さんに癒しと元気をもらい、ハグした。快方に向かい、夕映えの空はオレンジ色にまぶしい。
  鹿児島県姶良市 堀美代子(73) 2015*8/8/20 毎日新聞鹿児島版掲載