はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

幸福感

2018-08-29 22:28:25 | はがき随筆
 介護施設のヘルパーさんに押されて車椅子の老女が外来に現れた。かかりつけ医の待合室でその様子を見るともなく見ててた私の視線は、その後の彼女のしぐさにくぎ付けになる。
 車椅子から10㌢ほど離れて立っていたヘルパーさんのエプロンを老女がつまんでしずかに引き寄せた。老女の顔に表情はない。そして静かに頭を傾け、そのまま預けた。幼女が母親に甘えるように……。こども返りした老女と清楚な女性。かくも穏やかな光景をかつて見たことがない。
 心に満ちてくる幸福感に包まれて私は帰途についた。
  鹿児島県霧島市 久野茂樹(68) 2018/8/29 毎日新聞鹿児島版掲載

気に入りました

2018-08-29 21:58:32 | はがき随筆


「今日の昼はあそこにしよう」。でかける前から夫と話していた。行くたびに定休日で、今回はまだ2回目である。
 初めてと同様、私は揚げナスおろし冷やしうどんを注文した。
 格子状の切り込みが入った佐土原ナスはふっくらと仕上がって美しい黄緑色だ。色どりよく添えられた薬味と細いうどん。しっかり冷えた皿に盛られ、私は「うまいわあ」と何度も夫に行った。
 昼は毎日でも麺でいいという夫はこの日天ざるを注文し、幸せ顔でたいらげた。
 「ね、次はあなたも揚げナス冷やしそばにしてみない?」
  宮崎県高鍋町 井手口あけみ(69) 2018/8/28 毎日新聞鹿児島版掲載

川に遊ぶ

2018-08-29 07:52:00 | はがき随筆


 小・中学校の夏休みは、近くの川で泳ぐことが日課だった。
 川の水は冷たく、長く泳いでいると体が冷えて唇が真っ青になるので河原で甲羅干しをして体を温めた。家で育ったキュウリを川の中で投げて遊び、ほどよく冷えたところでかじった。川は天然の冷蔵庫でもあった。流れの砂地に立つと足の裏に魚が潜ってくることもあった。
 夏には自然豊かな川に水しぶきがたち歓声が上がったが故郷は過疎と少子化が進み、そこから子供たちの姿が消えて久しいという。再び川岸に子供たちの歓声が戻り地方創生の日が来ることはないのだろうか。
 熊本市北区 西洋史(68) 2018/8/27 毎日新聞鹿児島版掲載

あの頃の私

2018-08-29 07:44:41 | はがき随筆
 時々思い出すのは55歳から7年間勤務した課のこと。特定健康診査が本格的に始まり、予約の電話に追われる毎日。夕方5時から個人登録をして予約入力し、案内文と問診票を送付する。その合間に? 本来の業務。一日が何時間あっても足りない。
 パート職員も協力してくれたが、私の帰宅は遅くなるばかり。家に着いたら日付が変わるのは毎度のことで、立ったまま台所で出前弁当の残りを食べ、シャワーを浴びて泥のように眠った。3年で15㌔の体重減もむべなるかな、である。50代後半でよく耐えたなあ、と自身にねぎらいの言葉をかけたい。
 鹿児島市 本山るみ子(65) 2018/8/26 毎日新聞鹿児島版掲載

笑顔のコンサート

2018-08-29 07:36:06 | はがき随筆
 「楽しく笑顔で歌うのが一番です」。コンサートを控え優しくアドバイスするT先生。髪のウエーブが肩に揺れ、レースのワンピースが良く似合う。
 先生がコーラスグループのテーマソングを作詞作曲された。「生きているのだからいろんな事があるでしょう。寄り添うはずの人も傷つけ傷つけられ、そんな時泣いて、笑って、歌って……」。歌う度、出会った人の面影が一つ、また一つと浮かび、私の胸をジーンと熱くする。
 仲間とハーモニーを奏でる楽しさ、熱中するうれしさ。今ここにいる幸せ。感謝の歌声にしてコンサートは笑顔で歌った。
 宮崎県日南市 矢野博子(68)2018/8/25 毎日新聞鹿児島版掲載

夏の宵寝

2018-08-29 07:20:18 | はがき随筆


 連日の猛暑にも、風に雲に秋を感じる阿蘇盆地。木々にゆらぐ月明かりを頭に、開けた窓から流れ込む冷風を足裏に感じて眠る。熱帯夜も秋虫は涼しげに鳴く。こんな時は阿蘇人でよかったと思う。厳しさも甘さも自然は自在だ。めいは今年家を建てるが「庭はいらない」と言う。その感性に、今人だなぁと私は思う。手をかける収穫や汗まみれの爽快さを彼らは知ることはないか? 晴耕雨読が喜びの世代は消えていく。自然が絶対優先の時が迫れば、現代人は自然と文明の均衡をどう持続させるだろう。誰もが機械だよりの世界とは不安なものだ。
 熊本県阿蘇市 北窓和代(63) 2018/8/24 毎日新聞鹿児島版掲載