はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

弟の見舞い

2021-08-01 18:21:56 | はがき随筆
二つ違いの弟は、胃がんを患ってから2年余りになる。その間、鹿児島市内の病院に入退院を繰り返していたが、病気は治癒せず、退院して訪問看護を受けることになった。弟にしばらく会っていなかったので、姉妹と一緒に自宅に見舞いに行った。ベッドにふせているのではないかと思っていたら、割と元気な姿で迎えてくれた。治療のこと、病状のことなど詳しく話してくれた。
不治の病とはいえ、そばにいる奥さまより明るかった。私は帰り際に用意していた良寛さんの歌「我ながらうれしくもあるかみ仏のいますみ国に行くと思へば」を渡して帰った。
 鹿児島県志布志市 一木法明(85) 2021.7.31 毎日新聞鹿児島版掲載

何が食べたい

2021-08-01 18:16:02 | はがき随筆
 私は、高校卒業後、県外へ就職した。休暇で帰省する時に、母から「何が食べたい?」と聞かれ、決まって母の作る「ちらしずし」と答えていた。
 ある時、息子が帰省するので聞くと「鶏の照り焼き!」と返事が返ってきた。それは、たれに前夜漬け込み、朝に焼いていた弁当のおかずだった。ご飯の上に1枚を切り分けどんぶり風に乗せる。よく作っていた手抜き料理だったので複雑な気持ちだった。他に手のかかるのは、作ってなかったのかなぁ。
 コロナ禍で、なかなか会えないが、今度帰ってくる時、ビーフストロガノフ作ろうかな。
 宮崎県日南市 三川昭子(60) 2021/7/31 毎日新聞鹿児島版掲載

雲は流れて

2021-08-01 18:09:07 | はがき随筆
 ワシ、ワシ、ワシ、ワシジーイ。ワシ、ワシ、ワシ、ワシジーイ。
 あれ? このあとあの木この木からの唱和でセミの大合唱が始まるのに、ぴたっとやんでしまった。
 いつもはじりじりと照りつける太陽の熱風をかき立てるようにかしましかったセミの鳴き声。もう出番を終わってしまったのだろうか。なんだか寂しい。
 お隣の花々に触発された娘が初めてひまわりの種をまいた。草が多くて見分けがつかなかったのが、大好きなひまわりの開花がみられそう。真夏の青空の下で。
 熊本市東区 黒田あや子(89) 2021/7/31 毎日新聞鹿児島版掲載

父の日

2021-08-01 18:03:09 | はがき随筆
 新聞の折り込みチラシを見ていた妻が「あら、父の日だわね、何か欲しいものはあるの。あ、そうか。あなたは私の父ではないんだ」と。「ああ、そうだ、そうだ。ほっとけ、ほっとけ」と売り言葉に買い言葉でチョン。
 昼過ぎに息子夫婦が、父の日にとスポーツウエアを2枚も買ってきてくれた。貧乏性のせいか、彼らの懐具合を思うと、ありがたさより気の毒さが先立つ。親としては、夫婦仲良く一家が元気で相和してくれるのが最高のプレゼントなのだよ、と言いかけたが「ありがとう」と深く頭を下げた。
 鹿児島県肝付町 吉井三男(79) 2021/7/31 毎日新聞鹿児島版掲載

おそろいのTシャツ

2021-08-01 17:55:37 | はがき随筆
 コロナ禍で遠出もできず、思い出のTシャツと短パンで過ごすことが多い生活になった。
 旅友4人で信州の山々を何度も、名古屋に住むKさんの案内で旅した。行くたびに求めた記念のTシャツを女性3人は旅行の度に日替わりで着るようになった。周りの視線を意識しながら優越感に浸る心地よさ。
 中でも印象深い思い出は、ロープウエイを乗り継ぎ到着した中央アルプスの千畳敷カール。ここのホテルで1泊した。春4月、残雪で白く輝くカールをおそろいのシャツで跳びはねた。あれから20年。仲間の2人はもう旅は無理になってきた。
 宮崎市 川畑昭子(77) 2021/7/31 毎日新聞鹿児島版掲載

歩行

2021-08-01 17:48:21 | はがき随筆
 若い頃「体が老化したら、まず足が弱る。足を鍛えるために努めて歩け」と、その筋の先生から諭された。私は自転車には乗るが自動車の運転はしないし、歩行を心がけてきた。しかし、90歳前後ごろから足腰が弱って、杖は使用していないが、よぼよぼ歩きをするようになった。小川沿いの幅が狭い道をコンビニまで100㍍ほど歩いて往復するが、車の往来が多くて、すれ違う時は片方が停車して他方が通過してから始動する状態である。私は端に立ち止まって見守り、車が去ってからよぼよぼと歩き出す始末である。ちょっとした買い物でも大変だ。
 熊本市東区 竹本伸二(93) 2021/7/31 毎日新聞鹿児島版掲載

ドベ脱出

2021-08-01 17:40:18 | はがき随筆
 6月は田植えの季節。私も少し手伝いをした。体調を整えいざ本番。腹筋に効く呼吸法(ドローイン)のお蔭か、かがんでもさほど苦にならない。けれど、今年はやけに田から足が抜けにくい。帰宅後、夫に尋ねた。「足が抜けんことなかった?」「いやそんなことない」
 時を移さず翌日から速歩のコースを替えた。行縢山を見ながら歩む平坦なコースを短くし、アップダウンの多い道中心にした。朝の人けのない里道。大声で「鐘の鳴る丘」を歌うと、二拍子に合わせて手足がまことによく動く。毎年ドベだった私が、来年は皆を驚かせてみせる。
 宮崎県延岡市 佐藤桂子(73) 2021/7/31 毎日新聞鹿児島版掲載

宴の後は?

2021-08-01 17:32:56 | はがき随筆
 戦時中、父は給料日には帰宅するとまず袋から国債を出して大事そうに手箱に収めていた。でもそれは戦後のインフレで紙くずになってしまった。
 57年前の東京五輪は大成功で、日本も敗戦からよくぞここまで来たかと感無量だった。経済も五輪に向けての新幹線建設などで好況に沸いた。しかし翌年その反動で深刻な五輪不況が襲い、それまで禁じ手だった赤字国債が戦後初めて発行された。
 「2021+1」の東京五輪がコロナ禍拡大の中で開催されている。無事終えることがだきたとしても、その後どんな景色を見る事になるのだろうか。
 熊本市中央区 増永陽(91) 2021/7/30 毎日新聞鹿児島版掲載