はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

「遠くなりにけり」

2011-05-05 14:22:31 | ペン&ぺん
 時は昭和の初めごろ。場所はデパート山形屋。そのエレベーターガールに、たいそうな美人がおられたそうな。
 どのくらい美人かと言えば、旧制七高造士館のバンカラ学生たちの間で大いにウワサになるよな、ならぬよな。もちろん、当時の学生さんは皆、純なヤツ。見に行くだけで、声もかけられぬ。
 ところが、シャレを効かせて手を握ったツワモノがいた。
 彼は1階エレベーター前で待つこと、しばし。ほかに客がいないのを見計らい、ゲタを脱いで悠然と乗り込む。
 「あの、お客さま、お履き物は、そのままで結構でございます」
 「そんな、もったいなか」
 昇りゆく二人だけの空間。その中で、ぎこちない会話をかわす。最上階につくと、そっと20銭を差しだす。 
 「お客さま、無料でございます」
 「ただで乗っては男のメンツが立たん。受け取ってくだっせ」
 そう言って彼女の手を握ったとか。
 以上は室積光氏の小説「記念試合」に出てくるエピソードだ。かいつまんで引用したが、同書は七高生の気風や戦前昭和の世情などを伝えて興味深い。ぜひ一読あれ。
   ◇
 さて一昨年、同僚から聞いた話。ラジオ番組でアナウンサーが「昭和時代」と普通に語っていたという。明治時代、大正時代は呼び名として定着している。だが、昭和生まれの人間にとって昭和時代の呼び名は、何やら気恥ずかしい。あるいは昭和も江戸時代と一緒かと。
 連休期間中、はがき絵作家、小向井一成さん(さつま町在住)の原稿を入稿した。小向井さんも「昭和の時代」と、あえて「の」の字を入れて、原稿を書いている。
 とはいえ、気づけば平成も23年目。いやはや、もはや昭和はホント遠くなりにけり。
 鹿児島支局長 馬原浩 2011/5/4 毎日新聞掲載

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