はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

何かを伝えたい

2015-06-25 09:56:38 | はがき随筆
 容体が不安定なので家族に連絡をとるように、と看護師が告げた。医者の丁寧な説明があった。主人は何か伝えたいのか、酸素マスクの唇は何かをつぶやく。家族にも伝えたい事が通じない。「悔しいね」「代われるものなら代わってあげたいが」。娘たちが「お父さん」とありったけの声を耳元で発するが、何の反応もない。今度は私が声を発すると、いささか閉じた目が細く動いた。「いつも聞きなれた声は素直に通じた」。病室のベッドの横には野球のグラブを置いた。主人が酸素マスクのままキャッチボールをする“夢”を見た。
  姶良市 堀美代子 2015/6/22 毎日新聞鹿児島版掲載

消えたアジサイ

2015-06-25 09:49:02 | はがき随筆
 


夫が7年間の闘病中、最期の3年間をすごしたマンション近くのアジサイの花が消えた。
 一日1回の車椅子での散歩中、ご近所の家の前に咲いていた一鉢のアジサイの花。雨の日も、晴れの日も歌うように咲き、その花々が枯れるまで一緒に見届け、翌年の花を楽しみにしていた。
 昨年亡くなった夫の命と同じように、消えたアジサイ。生きている限り、この季節には夫と一緒のときのように、愛でながら過ごすつもりでいたのに。玉響のような人生に、一瞬の輝きをともしてくれたアジサイに会いたい。
  鹿児島市 萩原裕子 2015/6/21 毎日新聞鹿児島版掲載

いとおかし

2015-06-25 08:37:03 | はがき随筆
 はがき随筆を書くにあたって、花や鳥のことをあまり知らない私は、だじゃれやギャグを交ぜてごまかしてきた。
 ところが近ごろ、音信不通だった同級生たちの情報が入って来だした。聞くとどうも私の随筆を互いに電話で批評し合っているらしい。皆もう80歳は越したはずである。よっぽど暇なのか今では6人にもなった。これではめったなことは書けない、と構えると筆が進まない。
 しかし考えてみると、親しいもの同士の赤い糸がつながってくるのだ。大切にしようと思う。友とはありがたいものだ、と気を取り直してペンを執った。
  鹿児島市 野幸祐 2015/6/20 毎日新聞鹿児島版掲載

1本の電話から

2015-06-25 08:31:29 | はがき随筆
 真夜中に電話が鳴った。知人のNさんだった。「こんな時間にどうしたの」と聞くと、疲れ切った声で「警察から何日も取り調べを受けている」と言う。聞くと、先に行われた県議選に絡む収賄の容疑で身に覚えがないのに「認めろ」と終日怒鳴られ、限界だとのこと。もう認めようかと思い相談の電話をしたと言う。「嘘をつくの? もし認めたら誰から。それはどうする」。しばらく彼は無言だった。彼は逮捕された。私はあの真夜中の会話を信じ、彼らの無実を支援することを決意した。
 あれから12年。こんなにも長期間の事件になろうとは……。
  志布志市 一木法明 2015/6/19 毎日新聞鹿児島版掲載

枇杷の思い出

2015-06-24 21:49:34 | はがき随筆


 その人は実家を建てるときにやってきた若い大工さん。優しい笑顔と人懐こさに、私たち兄弟はすぐになじんだ。名前を尋ねるとヨコオと地面に書き、照れ笑い。それからはヨコオさん、ヨコオさんと夢中になった。
 しばらく疎遠になったある時、ヨコオさんが入院したと聞き、お見舞いについて行った。盲腸炎だったらしい。変わらぬ笑顔がそこにあった。その時、白い湯のみを手渡してくれた。中には大きくて丸い枇杷の実が。私は母の陰でそれを見つめていた。なぜか恥ずかしく顔も上げられずにいた。遠い日の枇杷の甘酸っぱさを今も忘れない。
  出水市 伊尻清子 2015/6/18 毎日新聞鹿児島版掲載

随友・Hさん

2015-06-24 20:51:51 | はがき随筆
 本欄「はがき随筆」の随友、Hさんの書かれた文章をはからずも読む機会を得た。
 「小さな親切」作文コンクールで、小6の孫息子の作品が特選に入り、賞状と一緒にいただいた入選作品集に「あなたへありがとう」はあった。
 ご主人を亡くされ、悲しい、寂しい日が続く中、小さな親切を受け、幸せな気持ちになった。「次は私も見習って」と思う。文面は明るく、人は小さな幸せを積み重ねて、立ち直り、新たに1歩を踏み出せるのだ、と感慨深く読んだ。
 作品は、亡きご主人様へ何よりの手向けになったでしょう。
  鹿児島市 内山陽子 2016/6/17 毎日新聞鹿児島版掲載

おかあさんの木

2015-06-24 20:31:24 | ペン&ぺん


 女優の鈴木京香さん(47)が先日、新作映画「お母さんの木」のキャンペーンで鹿児島市を訪れ、市内の西田小で児童に原作を読み聞かせた。作品は息子たちを戦争に取られ、そのたびに庭に桐の木を植えて無事を祈った母親が主人公。西田小では、映画で母親役を演じた鈴木さんの感情豊かな表現に、児童や保護者からすすり泣く声が漏れたという。
 その鈴木さんは昨年の毎日映画コンクールで田中絹代賞を受賞している。個別の作品というより、映画の世界で偉大な功績を上げた女優に贈られる賞。由来となった田中絹代(1909~77)は「愛染かつら」「楢山節考」「赤ひげ」などに出演した昭和を代表する女優の一人だ。鈴木さんは今年2月に川崎市であった授賞式で「あまりにも大きな賞で半信半疑。日本の女性らしい女性を演じられるよう、賞の名に恥じることのないよう努力したい」と語っている。
 ところで、その田中絹代が出演した「陸軍」という映画をご存じだろうか。太平洋戦争末期、1944年の松竹大船作品で、監督は木下恵介。日清、日露、日中戦争へと続く軍人一家3代の人生を描く。「陸軍省後援」の肩書きがついた。
 この映画で有名なのはラストシーンだ。日中戦争に出征する兵士の隊列と、人混みをかき分け、息子の姿を目に焼きつけようと懸命に隊列を追い続ける母親の姿が延々と映し出される。死地に赴く息子を送る母親の締め付けられるような悲しみ。作品は陸軍省が期待した勇壮な戦意高揚映画ではなく、大胆な“反戦映画”となった。母親役を演じきったのが、当時35歳の田中絹代だった。
 映画「陸軍」から70年余り。今回、鈴木さんはどんな母親役を演じてみせるのだろうか。作品が現代と戦争中と時間軸を行き来するというのも興味深い。「おかあさんの木」は6日から全国公開されている。
  鹿児島支局 ・西貴晴 2015/6/16 毎日新聞鹿児島版掲載

エピソードふたつ

2015-06-24 20:09:22 | はがき随筆
 田んぼの中の狭い道をバイクで走っていると、前方から自転車。脇に寄って通り過ぎるのを待っていると「ありがとう、気をつけて」と、男子高校生だった。さわやかな5月の風が吹いたような……。
 雑草を切る刈払機が故障したので、ホームセンターに。担当者が解体しながら説明する。聞きもらすまいと「はい」「はい」と頷いていると、その人が笑いながらのけぞった。私の返事が新鮮に聞こえたらしい。「今日は元気を貰いました」と言われた。
 この1週間の二つの小さな出来事である。
 薩摩川内市 馬場園征子 2015/6/16 毎日新聞鹿児島版掲載

もってのほか

2015-06-24 20:01:43 | はがき随筆
 ピラミッドの絵はがきに、旅行で知り合った女性と一緒に帰るとある。3人兄弟で唯一独身の長男からだ。出雲での祈願が効いたね? と夫とにっこり。話はとんとん拍子にまとまり、山形へ。おごそかに高砂も唄われ、夢見てきた契りの杯に感無量。やがて宴になりほっとしたのもつかの間。「もってのほか」という声がする。(とんでもない許し難い息子)と私は受け取り心穏やかじゃないのだが、夫は素知らぬ顔で料理に舌鼓。意気消沈していると、おばあ様が食用菊をなますにしたら、もってのほか(意外に)おいしくその呼び名になったと話された。
  薩摩川内市 田中由利子 2015/6/14 毎日新聞鹿児島版掲載

今日を始める

2015-06-23 20:46:26 | はがき随筆
 夜明けが早くなった。まずは歩め!とスニーカーも内玄関で待っている。1杯の冷水を飲み下し庭へ出る。東方へ向けて、早足で今日をスタート。 緑を橙色に染めた雲に「春ならずとも曙」と呟いてみる。家々の庭からアジサイがあふれ咲いている。みそ汁が匂う。水を流す音も清々しい。健全な暮らしの営みを感じながら、20分くらい歩いた辺りが引き返し地点だ。
 ゆっくりと踵を返す。家近くなるころには脚の長い影法師を、懸命に追っている。汗がにじんできた。 
 元気印の今日が始まる。 
  鹿屋市 門倉キヨ子 2016/6/13 毎日新聞鹿児島版掲載

光源氏の恋

2015-06-23 20:38:31 | はがき随筆
 当時の私は、さながら光源氏が恋しい女性の元へ通うように、その事を断行したのであります。ざっと半世紀も前の中3の放課後。二つ隣のクラスの好きな女子の教室へ、天井裏伝いに友人と侵入したのでした。「聞こえる聞こえる、いとおしい声が……」。そう思った瞬間、ズボッ! 私の右足は、ベニヤ板の天井板を踏み抜き膝から下があらわに……。「キャアーッ!」。絹を裂くような叫び声。「ウワァーッ!」と叫んだかどうかも分からないほど動転して私は一目散に逃げた。そして翌日から光源氏は二度とその教室の前を通りはしませんでした。
  霧島市 久野茂樹 2015/6/12 毎日新聞鹿児島版掲載

すばらしきかな

2015-06-23 15:08:54 | はがき随筆


 私は今、ホテルクラウンパレスにいます。「毎日はがき随筆大賞」が終わり、大賞の発表を待つばかりです。辛口批評の村田喜代子氏が誰の作品を選ぶのか、会場が静まっています。
 あ、発表されました。大賞は鹿児島です。鹿屋市の森園愛吉さんが受賞しました。車椅子の森園さん、自力でつえをついて登壇しました。鹿児島のテーブルは全員起立し、惜しみない拍手を送っています。会場内で多分最高齢の森園さんに全員から暖かい拍手です。おめでとう、おめでとう森園さん。以上現場から本山がお伝えしました。
  鹿児島市 本山るみ子 201/6/11 毎日新聞鹿児島版掲載

バスガイドさん

2015-06-23 15:02:35 | はがき随筆
 山桜が咲く頃と、妻の謎かけに応じて鹿児島の城山へ来た。
 木々の芽吹きで葉がひらひらと舞い落ちる中を観光バスが上がってきた。紺の帽子、紺の制服のガイドさんが、団体客に手を振り、笑顔で説明している。
 ガイドの服装に若き日の姉の姿を思い出す。旅先からの絵はがき、ペナントの土産が楽しみだった。妻も小学校の修学旅行は、姉のガイドだったと思い出す。ガイドの名所案内、歌唱と、笑顔の隣には日ごろの研鑽があることを私は知っている。
 手作りの弁当を頬張り、ガイドさん頑張れと呟き城山を後にした。
  出水市 宮路量温 2015/6/10 毎日新聞鹿児島版掲載

3分間だけ

2015-06-23 05:40:16 | はがき随筆
 スーパーのレジ台に買い物カゴを置いたその時、鮮魚売り場からのアナウンスだ。
 「3分間だけ10%引き」。とっさにカゴをカートに戻し鮮魚コーナーへ直行。
 こんなときにはなぜか素早く動けるものだ。足早に行った先には人の列。その後尾に並ぶ。「3分間だけ」とあって一斉に駆けつける人の気持ちはみな同じなのかもしれない。
 その日私は普段より多くの鮮魚品を買い求めていた。
 値引きされたシールを貼ってもらうと、すごく得した気分になる。僅かな額でもお金のありがたさにうれしくなった。
  鹿児島市 竹之内美知子 2015/6/9 毎日新聞鹿児島版掲載

噴火

2015-06-23 05:20:25 | ペン&ぺん

 口之永良部島の新岳噴火から今日で11日。今も住民の全島避難は続いている。避難先での暮らしはこれからどうなっていくのか。噴火への警戒はいつまで続くのか。先行きが見通せない中で、住民の不安も大きいだろう。地元の屋久島町も懸命に支援の在り方を模索しているようだ。避難の長期化を視野に入れて、課題を一つ一つ解決していくしかないようにみえる。
 恥ずかしながら私自身、口之永良部での噴火というものを全く考えたこともなく、備えも何もなかった。噴火前日は県警を舞台にした志布志事件で警察、検察の控訴断念という大きな出来事を記事で紹介したばかり。翌日、支局でゆっくりテレビを見ていたら、午前10時ごろから突然、噴火の映像が流れ始めた。慌てて支局の記者を隣の屋久島に向かわせ、その後は東京や大阪、福岡などから屋久島に向かう応援記者の高速船の予約や宿泊先、レンタカーの手配に追われた。
 内輪の話で恐縮だが、着の身着のまま屋久島に渡った記者の一部は宿の風呂場で下着を洗濯しドライヤで乾かしながら取材を続けた。後日、シャツや下着を買って鹿児島から現地に送ったのだが、派遣期間に限りのある記者の場合はまだ恵まれている。命の危険にさらされながら荷物をまとめる時間もなく島を後にした住民のたいへんさはいかばかりだろう。毎日新聞が実施したアンケートでも「衣類など必要なものがない」といった回答があった。今後の住む場所や仕事、健康問題など課題は山積と言っていいと思う。
 それにしても犠牲者が一人も出なかったことは特筆すべきで、中でも印象に残ったのは学校の対応だ。今回、避難を決めてから全員が学校を後にするまで3分しかかからなかったという。教職員は、子どもの命を守るというなにより大事な仕事を無事果たした。素晴らしいことだと思う。
  鹿児島支局長 西貴晴 2015/6/8 毎日新聞鹿児島版掲載