はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

一輪の椿

2019-03-25 19:40:00 | はがき随筆
 去年、グラスで愛でた椿の一輪挿し。15㌢程の細い枝に大きな花と2枚の葉っぱ。花か散るも残った2枚の葉っぱは、なお瑞々しい。生命の強さを信じて庭の花壇に小枝を挿した。「頑張れ」と声をかけながら見守った。根づいてくれて一安心。だが季節は移りゆくも小枝はいっこうに成長しない。立春が過ぎた。その朝、息をのんだ。椿の小枝に一輪の花が咲いていた。
 枝丈も2枚の葉っぱも去年のままに、花だけが小さくなって小枝に似合っている。感きわまり、かすんで見える小枝を両手で包み込んだ。「よく頑張ったね」。愛しくてたまらない。
 宮崎県延岡市 橋本京子(75) 2019/3/14 毎日新聞鹿児島版掲載

連勤パン

2019-03-25 19:05:53 | はがき随筆
 目を閉じると、生れ育った三池港務所社宅の暮らしが浮かんでくる。父は3交代勤務で、時折、連続して勤務することがあった。そのときは、会社から「連勤パン」が支給された。
 父は支給された連勤パンを持ち帰って子供に食べさせてくれた。あんパン、ジャムパン、クリームパン。私はクリームパンが一番好きだった。甘いものを口にすることが少なかったあの時代、3人兄弟で食べた連勤パンのおいしかったこと。
 今はどんなぜいたくなパンも口にすることができるが、連勤パンを越えるパンはない。
 熊本市北区 岡田政雄(71) 2019/3/14 毎日新聞鹿児島版掲載

落とし物

2019-03-25 18:58:54 | はがき随筆
 日曜日の無人の郵便局で、私は奈落の底へ落ちた。68万円が入ったキャッシュカードをなくしたのだ。慣れないATMをなんとか操作した後、局を出たところで紛失に気づいた。青くなってATMにもどる。無い! どうしよう。園間も4台あるATMには次々と人が行き来する。誰かに持ち去られたかもしれない。その場にいた人にやみくもに窮状を訴えた。駄目だ! 
 途方にくれた。
 と、そのとき。「これ違いますか?」。ドア付近を見る。「ありがとうございます」。何度も何度も、私は頭を下げた。
 鹿児島県霧島市 久野茂樹(69) 2019/3/14 毎日新聞鹿児島版掲載

家族

2019-03-25 18:51:37 | はがき随筆
 同居の妹が「ヘイ、お待ち」と居酒屋ふうに手作りの料理を次々に出してくれる「熱い物は熱いうち、冷たい物は冷たいうちに食べてね」とうるさい。手を付けないと不機嫌だ。そんな妹は、明るく几帳面な性格で、友達も多い。
 難病だと診断されて9年目の自分だが、日々症状は進んで今まで出来たことがだんだん難しくなってきた。もし、一人だけの生活だったら、落ち込んで、うつになったかもしれない。しんどいけれど、友の会にも参加し、外出にも心がけている。口げんかしながらも毎日が楽しい。家族に感謝している。
 宮崎市 藤田綾子(73) 2019/3/14 毎日新聞鹿児島版掲載

沖縄(ウチナー)への心

2019-03-25 17:29:26 | はがき随筆
 戦後の沖縄を描いた直木賞の「宝島」を読んだ。壮大な長編に私はたじろぐばかりだった。
 1960年代まで米軍政下の沖縄に本土の基地が次々と移転して私の心は痛んだが、やがてそれに慣れていつの間にか無関心になっていた。この作中、過酷に生きる若者たちは私より少し年下になる。同じ世代の者として引き比べながら読んだ。
 皇后陛下はそれを作曲された。折しも辺野古移転についての沖縄県民投票は移設ノーの民意が示された。私たちはむしろ本土人(ヤマトンチュウ)自体の問題として深く思いを致すべきだと思う。
 熊本市中央区 増永陽(88) 2019/3/14 毎日新聞鹿児島版掲載

エンディングノート

2019-03-25 17:21:02 | はがき随筆
 私は今84歳。ここまで生きようとは思いもしなかったがありがたいことです。
先日机の整理をしていたらエンディングノートが出てきた。随分前に買ったと思うけど、まだまだと思いしまい込んでいたのだろう。最近テレビ等で終活の話題を耳にするので、書いてみようとページをめくるといろいろ書くことがあって大変!
 財産など私にはないが、今から終りまでのプロセス、希望、願い、頼みごとなど一気に書けるものではない。
 いっそこんなものを書く前にピンコロでさようならしたいと願うのみである。
 熊本市南区 馬場菊代(84) 2019/3/14 毎日新聞鹿児島版掲載

もう一度見たい

2019-03-25 16:51:55 | はがき随筆
 早朝、法華院の宿を後にして5人で久住山頂を目指して歩いた。しばらくして先頭が、休憩というので道脇に腰を下ろし、アルミに深緑のカバーのついた水筒を口にした。
 積雪の静かな辺りの風景、ふと眼前のミヤマキリシマツツジの小枝が霧氷に包まれ、光るサンゴのようで美しい。折から吹いてきた風に小枝が触れ合い「サラサラ、カラカラ」ささやくようなやさしい美しい音にうっとりとした。
 60年前に登山した冬山の素晴らしかったことが脳裏にある。もう一度あの樹氷がみたい。
 鹿児島県出水市 年神貞子(82) 2019/3/13 毎日新聞鹿児島版掲載

妹からの入退院連絡メール

2019-03-20 21:09:26 | 岩国エッセイサロンより
2019年3月18日 (月)
 山陽小野田市 会 員   河村 仁美

 

「突然ですが、今日から1カ月あまり入院します。来てもらっても対応できません。先の事はまだわかりませんが、治療に専念しようと思ってます」というメールをよこし、妹が入院した。

 今は便利な世の中。メールを送れば、こちらの聞きたいことに返事が来るし、フェイスブックでは画像で様子を知ることもできる。妹に応援メールを送ったら「私の事は気にしなくて大丈夫。長期戦になることは問違いないから……。インフルエンザ大流行の時だからこそ、見舞いは来ない方がいいと思う。私の場合は、風邪や発熱でも要注意だから」とダメだしメール。

 そうこうしているうちに「今日、退院します。今回の入院は娘や同級生も駆けつけてくれて有り難かったです」と退院。すぐにも駆けつけたかったが、姉妹でも苫しんでいる姿は見せたくないのだろうと遠慮してしまった私。3日の本紙仲畑流万能川柳の「お見舞いに行くも行かぬも思いやり」に救われた気がした。
(2019.03.18 毎日新聞「みんなの広場」掲載)

投稿者 花水木 時刻 08時42分

終活 身近なことから

2019-03-17 14:34:54 | はがき随筆
2019年3月17日 (日)
   岩国市   会 員   片山清勝

 両親と遠く離れて住んでいる知人が、父の死後、残された母へ引き継ぐ手続きで苦労したと聞いた。そのことから、私も終活として、妻を置いて先立つ前提に整理を始めてみた。
 そんな時、14日付くらし面のこだま欄に、夫を亡くした後の諸手続きを息子が確実にこなしたことへの感謝がつづられていた。迅速な手続きにより残された者の生活が安定し、安心して次のステップへ進めることを確信した。
 私は生活に直結することから始めている。月々の生活費支払い、公共料金に税金など、かつては人が行っていた集金が、全て金融機関の引き去りに変わり、この変更だけでも大変な数になる。新聞やテレビ、ライフラインなど生活に欠かせない契約の名義変更も大切な項目と気付いた。
 手続きは慌てると抜ける恐れがある。妻や離れて暮らす息子が困らないよう丁寧にまとめようと苦心している。集金人と楽しそうに会話していた母の顔を思い出しながら。

     (2019.03.17 中国新聞「広場」掲載)

春の苦み

2019-03-17 14:34:17 | 岩国エッセイサロンより
2019年3月15日 (金)
岩国市  会 員   稲本 康代

 庭に立っていると、落ち葉の下にみどり色のふくらみが見えた。フキノトウ? 急いで落ち葉をかき分け、摘んだフキノトウ5個を手のひらに乗せて眺める。心が暖かくなり「春だ!」とひとり叫んでいた。

 春の野菜には苦みがある。「春の皿には苦みを盛れ」ということわざがあるが、冬から春へ体を目覚めさせるには苦みという刺激が必要なのかもしれない。冬眠明けの熊が最初に口にするのもフキノトウだという。
 しかし私自身を振り返ると体も心も甘い物ばかり求めては強くなれないと知りつつ苦みより甘みの誘惑に負けるのである。
  (2019.03.15 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

投稿者 花水木 時刻 10時37分

平成時代を送りつつ

2019-03-12 11:47:15 | はがき随筆
 昔、修学旅行先で観光バスのラジオから臨時ニュースが流れ、皇太子さまご婚約を知り、正田美智子さまという初めて聞くお名前に歓声が沸き起こったっけ。以来、私たちには想像も及ばないご苦労が多くあられたに違いない。
 皇后さまとして最後のお誕生日をお迎えの昨年10月20日、東京の浅草公会堂で、私は大正琴名流祭に参加して全国の仲間と長淵郷の「乾杯」他1曲を演奏した。私たちのグループは通信教育生という特殊な学び方から注目を浴びていると聞いた。70代最後の思い出と共に私の平成時代は遠ざかっていく。
 熊本県玉名市 大村土美子(80) 2019/3/11 毎日新聞鹿児島版掲載

丸メガネ

2019-03-12 11:29:32 | はがき随筆
 中学の頃から視力が落ち、以来メガネは欠かせない。仕事をしていた頃からかけていたメガネは細い銀縁に樹脂製のレンズで、軽く角張って仕事向きで少しクールだ。仕事を辞めて久しい今、なんとなくそぐわない。
 ある日、眼鏡屋をのぞいて、遊び心でセルロイド縁の丸い眼鏡をかけ鏡をのぞくと、愛嬌のある爺さんの顔が写っていた。買って早速、娘たちに自撮りの顔写真を送った。「波平さんにそっくり」とサザエさんの漫画を添付した返事がきた。
 眼鏡一つで性格が変わる訳ではないが、新しい顔になったようで少しウキウキした。
 宮崎県串間市 岩下龍吉(67) 2019/3/12 毎日新聞鹿児島版掲載

餅まき

2019-03-10 22:35:32 | はがき随筆
 子供の頃、親戚の家で餅まきがあり、拾えずにいたら、知らないおばさんが餅を1個くれた。喜び勇んで母に報告した。
 師走に餅まきを検索してみる。餅を拾う好位置は中央の前方、空中よりも地面を見た方がいいとあった。上棟式には近所から数十人が集まった。
 餅まきが始まった。正面に行くと餅が次々と落ちてきた。左右から千手観音のごとく伸びてくる手と取り合いになる。紅白の餅16個とお菓子を拾い、何も拾えない子には分けてあげた。帰り道、いい年をして夢中になった自分におかしくなった。
 鹿児島市 田中健一郎(80) 2019/3/10 毎日新聞鹿児島版掲載

初めての手術

2019-03-09 18:58:19 | はがき随筆
 採血、心電図、麻酔と続き、手術台へ上がり目覚めたのは真夜中の2時だった。夫が元気で自活できる内に、そして私自身も体力がある内に受けた方が良いという忠告もあり、思い切って臨んだ今回の手術だ。
 これから迎える老々介護を乗り越えるため、また、ひとり遺された場合の自立のための良い機会ととらえ、緊張の中にも確信に似た気持ちがあった。
 案ずるより産むが易し。術後の経過も順調で退院も近い。夫も不慣れな家事と格闘しながら何とか暮らしている。寒さも和らぎ春がそこまでやって来て、新しい一歩が踏み出せそうだ。
 宮崎市 高橋厚子(69) 2019/3/9 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆2月度

2019-03-09 16:29:59 | 受賞作品
 月間賞に道田さん(鹿児島)
佳作は柏木さん(宮崎)、口町さん(鹿児島)、竹本さん(熊本)

 はがき随筆の2月度月間賞は次の皆さんでした。(敬称略)

【優秀作】28日 「真心」道田道範=鹿児島県出水市
【佳作】8日「霧の記憶」柏木正樹=宮崎市 
    7日「80代は」口町円子=鹿児島県霧島市
    10日「教え子の行為」竹本伸二=熊本市東区

 「真心」は、母親の介護に、心身ともに疲労困憊している毎日。反応の全くない母親の様子に、感謝の言葉など期待していなかったが、感謝の念を姉には伝えていたことが分かり、真心が通じたと勇気づけられたという内容です。人の意識の動きの不思議さについて考えさせられました。私たちの生命現象は一般に意識の活動としてとらえますが、筆者の毎日の会後は、人の命の不思議さに対面させられていると考えると、他人事のような言い方になりますが、介護も別の意味合いをもってきて、励まされるかもしれません。
 「霧の記憶」は美しい文章です。蜘蛛の巣に輝く朝霧の水滴に、少年時代の父母の記憶を重ね合わせた内容です。牛馬のごとく、という慣用句がありますが、早朝から草刈りに出ていて、待っていると朝霧の中から帰ってきての食事。安堵感がある記憶です。父母の年齢に近づくと、父母の労苦が分かるといいますが、このような懐かしく美しい連想は読む人の気持ちを和めてくれます。
 「80代は」は、ワサビり効いた文章です。誰でもが大みそから「紅白」を見る義理はありませんから、自信をもってください。歌が好きなので「紅白」が楽しみだったが、最近は理解不可能な番組に。歩み寄る気持ちで見てみたが、やはり駄目。犬猫のテレビは和ませてくれるのだが。これからは自分流を貫こう。80代の再出発と言おうか、自己の確率です。頑張って下さい。
 「教え子の行為」は、高校教師時代の教え子が、70歳の頃訪ねてきて、危ない個所に手すりを付けてくれた。「今はいらんでしょうが」という心配りと共に。それから20年、これほど助かることはなく、毎日感謝している。教え子の行為が好意であったようです。ここではいわゆる子弟の間柄ですが、人と人との善意の触れ合いは、それが他人事でもうれしくなります。
 この他に、夫婦で別室でテレビを見ている生活が内容の、楠田美穂さんの「TV別居」と、赤ん坊が心を慰めてくれるという、内平友美さんの「心のサプリ」が記憶に残りました。
  鹿児島大学名誉教授 石田忠彦