母は、字がとても美しい人でした。
その美しい字で綴る手紙文も上手に書ける人でした。
今でも忘れられない祖父の言葉があります。
母が急遽、お里に身内のお葬式で帰京した時、その報告の手紙が祖父のもとに届きました。
母の実家は江戸時代創業の造り酒屋です。
さぞ盛大なお葬式で、母も日々その手伝いに追われ、多忙だったに違いありません。
その最中に、祖父の元に母の手紙が届いたのです。
その手紙を見ての祖父の一言は、次のようなものでした。
「忙しい最中に、こんな立派な手紙が書けるなんて、お母さんは大したものだ」と。
最近この写真を見て妹が言いました。
「お母様は華のある本当に美しい人だったわね」と。
私もそう思っています。
祖父は、国立大学の学長にまでになった人。
そんな祖父から、こんな誉め言葉を受けるなんて。
「お母様は凄い!」と、私はとても感心したものです。
私は筆不精で、字も下手糞でしたから、祖父に絶賛された母の才能に、改めて憧憬の念を抱きました。
母の作品
私も母のように字が上手になりたい。
人を感動させられるような手紙が、さりげなく書ける。
そんな人に、なれるものならなりたい。
その願望は叶ったでしょうか。
とてもそうとは言えません。
字は、ペン習字の通信教育を受け、若い時よりかなり上達はしましたが。
恐らく字の美しいバランス感覚は、生まれつきの才能なのでは。
特別努力はしなくても達筆な人は、世の中に大勢いらっしゃいますものね。
グランドキャニオンにて
その才能に私は恵まれなかったものの、努力が多少は実ったのかもしれません。
数度のことですが、とても褒められた経験があります。
郷里の実家の売買でお世話になっていた不動産屋さんに封書の手紙を出した時。
義父母さまへの私からの届け物を次女から手渡してもらう際に、一便箋に書いたはじめての手紙。
夫が亡くなった時、お世話になった従兄弟に差し上げた手紙。
その他では、銀行で書類に記入している時。
思いがけなく、「字がとてもきれい」と、身に余る誉め言葉をいただきました。
私にとっては、とてもとても意外な事でしたので・・・。
嬉しくて、今でも一つ一つこのようの思い出せるほどに記憶が鮮明です。
努力はしたい気持ちはあっても、何事も三日坊主で、余り長続きしなかった私ですが。
ペン習字は、途中お休みを入れながらも割と続いた方。
長く努力を積み重ねれば多少は実るものだ、と実感できたことでした。
でも、最近、また字がうまく綴れない。
恐らく歳のせいでしょう。
達筆だった母も認知症になる前頃から、その傾向が顕著でしたから。
小冊子に掲載された母の短歌
母の字の美しさは天性の才能だったのでしょうが。
字に限らず、文章も巧み。
お稽古事をしたことはすべて上級の域に到達。
お習字、茶道、日本舞踊、短歌、編み物、何でもそうでした。
改めて今、尊敬の念が湧いてきます。
珍しい父とのツーショットの写真
両親の若かりし頃の写真
父も何事も探求熱心で才能豊かな人でした。
スポーツも万能。
私の不器用さは、いったい誰に似たのでしょう。
落ちこぼれの娘。(笑)
そんな不器用な娘ながら、一生懸命生きてきたことぐらいは、両親も認めてくれるかもしれません。
そう願いつつ・・・。
今は亡き両親と夫、若夫婦家族、妹はじめ周りの人達への感謝の念は忘れないで、余生を暮らしたいと思っています。
追記
少々ブログ綴りに息切れがしてきました。
書く話題もなくて・・・・・。
そのため、今後は気が向いた時だけにして、しばらくのんびり更新させていただきます。
明日も早朝の限られた時間内で綴れるようでしたら、投稿させていただきますね。
いつも大勢の方がご訪問下さり、温かな応援までして下さいまして、本当にありがとうございました。
寒暖の差が結構ある時節柄、くれぐれもお体に気を付けて、健やかな良き日々をお過ごしになられますように。
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