日々雑感「点ノ記」

備忘録(心の軌跡)

はぜ釣りの記憶

2005年05月28日 | インポート
子どもの頃、千鳥川やその下流域のずっと先の三ツ島の周辺で、潮が満ちてくる時間帯に合わせて、はぜ釣りをして遊んでいた。

私が住んでいる千鳥川下流域は、汽水域と呼ばれる、海水(潮水)と淡水(川の水)が潮汐運動によって交じり合うようなところだった。
交じり合うといっても、容器の中でかき混ぜたように海水と淡水が交じり合うのではなく、潮水が上側の層で動き、淡水は下側の層を流れているような状態なのだ。

このようなところでは、潮汐の状況によっては、海水中でしか生息できないような魚類も潮水とともに遡上してきて、干潮時には淡水が流れているようなところでも、海の魚を釣る事ができる。

その典型が「はぜ」である。
ここで言う「はぜ」とは、マハゼ属の中のマハゼやハゼクチのことであり、ハゼクチは日本においては有明海と八代湾における固有種なのだそうだ。

これから、私が子どもの頃に経験した、千鳥川河口域付近における「はぜ釣り」の講釈を少し。

まず、餌である。
アゲマキ、ミミズ、ゴカイ、魚の切り身、ソーセージ、揚げかまぼこ、しし貝、魚の内臓、小ガニなどいろいろな餌で釣る事ができる。
この中で、釣り場付近で現地調達ができるのは、アゲマキ・ゴカイ・しし貝・小ガニである。

これらの餌は、釣り場付近の潮が引いている時に、河川堤防の根元に堤防の強度を安定させるために配置してある「捨石」のところまで降り、服の袖をまくりあげて干潟の潟を少しだけ掘ってみれば採取することができた。

ミミズは、ドバミミズ、シマミミズなどどんなミミズでもよい。
昔は、牛小屋の牛糞と敷きわらの混ざったものが空き地に野積みにされていて、堆肥化しているものが家の近くにあったので、それを棒で掘れば、シマミミズはいくらでも採れた。

魚の切り身も、魚の内臓も現地調達の餌の部類に加えても良い。
「はぜ」は、共食いのようなことをする。このことは、人間が勝手にそのように決め付けているだけなのかもしれないのだが。
そのような性質を利用して、先に釣れた「はぜ」を捌き、その切り身や内臓を釣り餌として使う。
これは、あらかじめ用意していた餌を使い果たした時に用いる方法だ。

ソーセージや揚げかまぼこは、子どもの頃には釣り餌として使ったことは無い。
これらは、私たち家族の貴重なたんぱく源であった。
10円の揚げかまぼこ一枚が、家族6人分の煮しめのだし用であったり、鯨肉がカレーライスの中に入っているような生活だったが、その頃の料理の味が妙に懐かしくもある。

ソーセージや揚げかまぼこを、はぜ釣り用の餌として試してみたのは、潮受け堤防が締め切られる少し前のことである。要するに大人になってからだ。
確かにそのような餌でもはぜは釣れた。

仕掛けは簡単である。
4~5mの長さの竹ざおに、それと同じぐらいの長さのスジ(道糸)を結びつけてスジの途中に浮きゴムを通し、スジの先端から30~40cmぐらいのところに錘(球状の鉛に穴が開いているもの)を固定して、スジの先端につりばりを結びつけるというような簡単な仕掛けである。
浮きゴムに通す浮きは、ピンポン玉ぐらいの大きさの玉浮きが扱いやすい。

つりばりに餌をつけて、浮き下を調整して水中に沈め、後は魚のアタリを待つだけである。
玉浮きにチョンチョンというアタリがあり、その後にスーッと玉浮きが沈みこむので、その時に合わせてからさおを上げると、たいていは釣れる。
仕掛けのさおを2~3本持って行くと、釣れ出したら餌の付け替えが間に合わないぐらいによく釣れていた。

潮時は、上げ三部と下げ三部ぐらいの水位の時ぐらいが、一番活発に魚が採餌活動をすると言われている。

はぜ釣りの「外道」として釣れる魚は、ウナギやキングチやスボタロー(ワラスボ)である。

ウナギは外道としては、とてもうれしい魚だったが、掛かったら迅速にはりを外さないと仕掛けをダメにされてしまう。
自分の体でスジをグルグル巻きにしてしまうのである。

スボタロー(ワラスボ)が掛かると、さおを上げる時にかなり重く感じる。
餌をくわえて巣穴に引き込むので、何かに引っ掛かったのではないかと思うぐらいに重たい。
その魚を初めてみる人は、そのグロテスクさに驚く。

キングチが釣れると、これもうれしい。
煮付けて食べるととても美味なる魚なのだが、あまり釣れたことはなかった。

「はぜ」は、醤油・砂糖・酒・刻んだ生姜で味付けをして煮付けて食べるが、秋口以降の寒くなる季節には、煮付けた次の日に、ゼラチン状に固まった煮汁とともに食べるのも楽しみだった。

諫早湾干拓の潮受け堤防による諫早湾口の締め切り以降「千鳥川河口域でのはぜ釣り」はできなくなった。

できることならば、潮受け堤防による高潮被害に対する防災効果を持たせたままで、「千鳥川河口域でのはぜ釣り」が再びできるような環境を復元したいものである。