川越だより

妻と二人あちこちに出かけであった自然や人々のこと。日々の生活の中で嬉しかったこと・感じたこと。

有明から自転車で帰宅す

2011-09-13 09:26:46 | 父・家族・自分

9月12日(月)晴れ

 思いがけなくも「壮挙」をやってしまいました。知人宅に預けてあった「順子号」で東京湾岸の癌研有明病院から川越の自宅まで帰ってきたのです。普通の人にはなんでもないことですが僕には一度はやってみたかった壮挙です。

  癌研有明~(晴海通り・内堀通り・白山通り)~板橋区役所~(白山通り)~戸田橋~(荒川右岸土手上・災害時避難道路)~

治水橋~(新河岸川土手上)~川越

 途中下車①築地市場外市場●http://www.mapfan.com/spotdetail.cgi?SPOTCODE=S14KIYR0

        ②皇居前広場

        

        ③池袋商業高校跡地

  フランス人学校への衣替え工事が進んでる。来春開業らしい。道路沿いのイチョウと旧ガスタンク側の桜の並木はそのまま残っている。

 

 9時半にはCT検査が終わったので軽食の後、板橋区役所に向かいました。「中国残留孤児」の支援相談員をやっている李さん(北高OG)が近く職を辞して台湾に行くというのでお別れの昼食会をすることにしたのです。12時ちょうどに役所を出て同僚のTさんと3人で食卓を囲みました。

 お連れ合いは画家です。先年、台中の芸術高校の先生になって赴任したので李さんも台湾の人になる決意をしたのです。夫君から2年後に来てくださいというメッセージを受け取りました。その頃には新しい校舎が完成するということです。

 近く小中学校生活を送った墨田区で昔の先生方や知友の集まりがあるということです。僕の知る名前もあって懐かしく感じます。北高の中国クラブの同窓会も開いたらどうだろう。

 1時前にはお別れとなったのでこのまま自転車で川越まで帰ろうと思ってしまったのです。元気な証拠です。

戸田橋付近で荒川の土手(右岸)に出ました。これからは写真のような快適な土手道です。(写真は僕の進むのとは反対側の風景です)。

ビルの何階かの高さのところにある道をどこまでも走ります。北関東の山々や富士山は見えないが秩父の武甲山が正面に見えます。日差しはきついけれど空気が乾いていて大空と大地を独り占めしているような快感です。カブトギクの黄色い花が続きます。

 

 出典●http://www.geocities.jp/bike_de_go55/03ps.html

 遠い昔、北高の中国クラブの面々と荒川をさかのぼって吉見のフレンドシップセンターまで往復した(一泊)のを思い出します。その頃はこの道は舗装されておらず、対岸の県道を通って荒川自転車道に出たのではなかったか。李さんも一員だったのかな。

 羽倉橋から治水橋までの工事はほぼ終わっていました。この道はもう「素晴らしい」の一言です。広々とした道がどこまでも果てもなく続いている感じです。

 治水橋で降りて新河岸川放水路・新河岸川とさかのぼり、川越の渋井に入ったところの蓮光寺で一休み。板橋から2時間半くらいかかったかな。

 

 (蓮光寺山門)

 川越に入るとともにに土手上の道は悪くなります。あちこちで夏草が繁茂して自転車が通れないほどになっているところもあります。なんとかならないものでしょうか。前に一度、自転車道の整備を市長あて訴えたことがありますが「県に伝える」という返事があっただけでした。

 4時半ごろには家につきました。あさ、預けておいたもう一台の自転車を取りに娘に駅まで送ってもらいました。気力も体力も残っていたのです。

 抗がん剤「イレッサ」を飲み始めてちょうど一箇月。副作用は無く、このように元気です。まだまだ「やればできる」。