まだオートバイのカテゴリー
が明確に分化する前のオート
バイ。
日本のオートバイがレーサー
だけでなく公道車もようやく
実力をつけて来た、日本の二
輪発達史の中での「揺籃期」
の時代の車だ。
その日本車の揺籃期の時代は
1970年前後から1970年代初
頭にかけて。
この上掲画像の車両もオフロ
ードを前提として作られたが、
実質的にはオールラウンドの
デュアルパーパスとして中味
がある。
ロードモデルがオフも走破で
きるような仕様にされた二輪
は当時はスクランブラーとも
称された。
そこから段々分岐が始まり、
トライアル車が誕生し、モト
クロッサーが誕生し、ロード
モデルは舗装路用ロードモデ
ルに特化進化し、そして砂地
や未舗装路を行くオフロード
専用設計が誕生してきた。
この画像の車両は、そうした
完全分岐直前の二輪車で、ど
んな状況の場所もこなせるオ
ールラウンダーとしての懐の
深さを見せている。
この時期の二輪の特徴として
は、シャシフレームがタンク
とシート下で一直線であるの
が特徴だ。
非常に「ロードモデル」の特
徴をまだ残している過渡期の
車体設計だ。
だが、このオールドスタイル
のフレーム一直線がとても今
見るとスタイリッシュだ。
後年の各ジャンルで専用設計
で特化されたフレームはオフ
車は折れ曲がったようなトッ
プフレームを持ち、走行性能
は良質化されたが、インダス
トリアルデザインとしては
「奇妙な」形状になった。
この日本製二輪の過渡期、揺
籃期にあたる時代のフレーム
形状は、今はネオレトロ狙い
の車種以外では消滅したので、
今見ると逆に新鮮だ。
そして、造形的にはとてもカ
ッコいい。
この頃のこの手の2ストマシン
が非常に良い。
カワサキはじめヤマハが出す
ダートトラッカーのような造
形のこの時期の2ストモデルは
非常に洗練されたシルエット
を持っている。スズキも良い
のを出していた。
エンジンは打てば響く2スト
空冷エンジンだ。
1970年代初頭には、4ストの
ホンダからさえも2ストのこ
うした形状のオートバイが製
造販売されていた。ホンダが
2ストだ。最初は社長に内緒
で作っていたが、宗一郎さん
に見つかり、お目玉食うどこ
ころか「作るならば2ストで
世界一の物を作れ」と言われ
た逸話は有名だ。
スティーブ・マックイーンが
偶然テスト中のアメリカで気
に入り、1973年にはマックイ
ーン自身がCMにまで出演した
2スト車だった。
(後年、私の古い刀友の米
国人ハーフのイケメン野郎
がその機種のCMに出ていた。
本当にアメリカの大地を疾走
するロケ映像で)
この時期のこの手の二輪の
造形はトラックレーサー
ぽい面もある。
1970年代初期のカワサキの
2ストバイクを所ジョージ
さんは集めまくっている。
世界中探して。
「使い切られた」車両が多
いため、国内ではほぼ残っ
ていないからだ。
貴重な残存車両をフルレス
トアしつつ信じがたい廉価
で提供販売している魂のバ
イク屋が広島県呉にあるが、
所さんはその広島県の店か
ら何台も購入している。
カワサキ2スト大集合の所
さんの世田谷拠点。
マニアックにこの時代の
2スト車を集めているが、
ストリート用としても実に
洗練されたオールパーパス
車であるのがこの1970年代
初期の時期の二輪の特徴だ。
今、こういうオールパーパ
スはほとんど新車では無く
なった。しかも全部4スト
だし。250あたりまでは4
スト単気筒は遅すぎるし
パン!とした瞬発力も無い
し、乗っても面白くないの
は確かだ。元々オートバイ
という乗り物はトコトコと
ゆっくりね、という乗り物
ではなく、俊敏にヒュンヒ
ュン行く機動力にこそ魅力
があるのだから。
だから大昔はトコトコバイ
クはとっつぁんバイクと揶
揄されて若者たちからは敬
遠された。
今は若年寄りが多い時代な
ので、二輪に機敏さを求め
ない人が多い。バイクに瞬
発力や機動性などは求めて
いない。ただ乗って移動す
るだけの道具として二輪に
接している。
ちゃっちゃと機敏に走る
事などは念頭に全く無い。
道交法を守ってますよ~的
な良い子ちゃんを装いなが
ら、SNSでの集団圧力で他
人を誹謗中傷して攻撃して
傷つける事が大好きだ。
二輪乗りたちさえもそんな
種族になってしまった。
でもね。
半世紀程前のオートバイは、
そうじゃなかったんだよ。
オートバイがオートバイと
しての本質を体現していた
時代だったんだよ。
勿論、乗る側も大いに二輪
そのものを楽しんでいた。
車も人の心も「豊か」だった
と思うよ。