kenroのミニコミ

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映画公開で改めて痛みを知る 『82年生まれ、キム・ジヨン』

2020-11-04 | 書籍

出版されて瞬く間に評判となり、気にはなっていたが、今回映画も公開されたので読んでみた。

毎ページ、読んでいてこれほど痛い物語はない。そうキム・ジヨンを取り巻く男性社会、韓国社会からすれば全部些細なことだろうけれど、それらが全部とてつもなく痛いのだ。彼女の心に、人生に刻み込まれる「女性ゆえに」というスティグマ。しかし大きく「女性ゆえに」と括ることもできるが、キム・ジヨンは「女の子ゆえに」「女子学生ゆえに」「女性社員ゆえに」「息子の妻となる女性ゆえに」「妻ゆえに」「母ゆえに」とずっと彼女自身が「私」を規定することは許されず、常に身近な人たちが、周囲がキム・ジヨンを規定してきた。それをなしたのは儒教的価値観の強い男性社会はもちろんのこと、彼女を日常から支える良き家族・親族、友人、隣人も含まれる。周囲は言う。「キム・ジヨンのことを思って言っている。」それがキム・ジヨンをして離人症でカウンセリングに通うことになるほど、彼女を蝕んだのだ。

キム・ジヨンの母親は男を生まないと責められ、キム・ジヨンとのその姉とで女の子が続いた後、次の妊娠が女の子と分かると中絶させられる。キム・ジヨンの4歳下に男の子が生まれると祖母は本当に可愛がり、甘やかす。キム・ジヨンが高校生の時遠い塾へ通っていたバスで男子高校生のストーカー被害に遇う。なんとか逃れて父親に迎えにきてもらったが「お前の服装が問題だ」。大学に行ってやりたかったことがあったのに、家から通えるソウルの私大へ。女が学問ややりたいことを目指すべきではないと(弟のために家に負担はかけられない。)。彼ができたが、韓国の男子は兵役がある。兵役に行かない女子は楽してる。就職面接では落とされまくり。やっとの思いで就職できた職場では新卒女子がお茶を入れるのが当たり前。他の仕事が新卒男子より軽減されているわけでもないのに。結婚した夫は家父長制の権化でも暴君でもなかったが、祝祭で夫の家には行くのに、キム・ジヨンの家に行くわけではない。そして義父母の家では召使いのように走り回り、ゆっくり自分の食事もできないのに「男の子を生めない嫁なんて」。万事がキム・ジヨンを蝕んだのだ。子どものために仕事を辞めたキム・ジヨンに夫は「ぼくも手伝うよ」と家事・育児の主体意識もない。そして直接、間接を問わずキム・ジヨンに助言や意見し、小言を言う人たちは善意と慣例踏襲で悪気が全くないから、よりキム・ジヨンを蝕んだのだ。

この小説がうまく客観的なのは、心療内科を受診したキム・ジヨンの担当医のカルテの説明という構成になっていること。ここではキム・ジヨンが幼い頃から成人、結婚・出産するまでの個人史が語られている。それはキム・ジヨンが病むに至った外部的原因、影響も明らかにしている。キム・ジヨンを病気に至らしめた加害者は、その時々の周囲の人たちであり、近しい家族などであり、そして韓国社会そのものだ。

合計特殊出生率の低さでは日本よりはるかに先を行く韓国。その理由は明らかだろう。韓国で生きる女性はキム・ジヨンなのだ。しかし後に訴追されたとはいえ、日本より早く女性大統領まで輩出した。光州事件からまだ40年。軍政から民政へ急激に変容した韓国は、戸籍制度をなくし、中絶目的の出生前性別診断を禁止し、性差別禁止法を定め、法曹一元(弁護士経験を経てから裁判官になる)や陪審制度まで、日本より一歩も二歩も先を行く。しかし、その急速な民主的諸制度を支える国民の意識はどうか。制度の次は、人々の意識だ。そう鼓舞しているようにも思えるが、制度さえ追いついていないこの国はどうか。

性被害にあう女性に対するケアや犯罪対策などを話し合う会合で「女性はいつも嘘をつく」と言い放った女性国会議員がいた。当の女性議員が言うのであるからこの発言も嘘になる。うん? では女性は本当のことしか言わない? なら当該議員の発言は? 頓知問答のような世界に止まっているこの国はある意味、キム・ジヨンの韓国より病理が深いのかもしれない。

映画版の「82年生まれ キム・ジヨン」は、小説とは趣を変えて救いがありそうに見える。しかし、人生そのものが「ガラスの天井」の女性の立ち位置はそれほど変わっていないのだろう。いや、天井を目指す女性ばかりではない。私やあなたのそばにいる人がキム・ジヨンなのだ。(『82年生まれ、キム・ジヨン』はチョ・ナムジュ著 筑摩書房 2018年。映画は2019年の韓国映画 監督キム・ドヨン)

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