2020年のアメリカ大統領選は民主党のジョー・バイデン氏が制した。ドナルド・トランプ現大統領は選挙に不正があるとして、法廷闘争などを続けているが、大勢は変わらない。しかし、選挙不正といった完全に陰謀論に見える主張にトランプ支持者は熱狂し、各地で抗議運動が続くという。なにせバイデンが史上最多の8000万票を獲得したとはいえ、トランプも7400万票も獲得したのだから、それだけ支持が厚い証拠だ。また、日本にもこの陰謀論の乗っかり、不正選挙だとトランプ支持のグループがいるから驚きだ。ところで、トランプという人物は、国際協調主義に真っ向から背を向ける政策からして支持できないと考えていたが、その人物の発言に見える品性、様々なセクハラ疑惑、脱税、金儲け以外に興味がない風情といった人格であるのに、なぜここまでアメリカ国内で支持されるのか不思議であった。トランプ支持のラストベルトの人々を、住み込んでまで取材した金成隆一記者の連載(『ルポ トランプ王国 もう一つのアメリカを行く』(岩波新書2017年)、『ルポ トランプ王国2 ラストベルト再訪』(同2019年))でその実態が分かった気がしたが、それが大統領選という次代の命運を決める大切な行動にどう反映されているのかも本書で明かされる。
まずアメリカ大統領選の歴史的経緯と今日の2大政党制の成り立ちが語られる。南部を基盤に奴隷解放に反対した民主党にはもともと白人層の支持が高かったこと、それが黒人層や白人以外の人たちに対する平等政策を掲げて、民主党支持層が増えたこと、反対にキリスト教原理主義に重きを置く政策で、白人層が共和党支持になったことなど。現在でも基本的構図はそうであろうが、中南米からの移民がカトリックであり、民主党の中絶擁護に反感を持って共和党支持に流れたことなど、フロリダでの共和党勝利の背景も明かされる。多様なアメリカか、2色(シンボルカラーである民主党の青、共和党の赤)のアメリカか。それはグラデーションの部分もあるだろうが、分断は深い。支持層の学歴、職業、地域できれいに別れる。非大卒の白人ブルーカラー男性なら共和党、大卒で移民ルーツを持つ都会のホワイトカラーは民主党。バラク・オバマを押し上げた層は後者でそれが勝利をもたらしたが、トランプの支持層は、そういったインテリ風情を嫌った。「上から」目線だというのだ。地球温暖化や核廃絶より、目の前の仕事がなくなる事態をどうかしてくれ、自分で頑張らないやつにまで福祉を施すから(オバマ・ケア)、自分たちが苦しいのだと。そこにはもともと分断の要素があった諸政策に対する態度がトランプ以前からあったのだ。しかし、トランプはそこを口汚く煽った。そしてその煽り方にゼノフォビア(外国人嫌悪)、マチズモ(男性優位主義)そしてセクシズム(性差別主義)が顕著にある。それらをひっくるめてレイシズムやヘイト言動に結びつけたのだ。それは、差別はいけないが区別はいいといたったレトリックを超えて、自身の立場を守るためには差別も許容するといった、いわば民主主義そのものを否定する倒錯した論理が見えるが、そこまで追い詰められた結果と言えなくもない。つまり、自分さえよければ、なのである。ここにトランプの一番好きな言葉、そして自分には受け入れられない言葉「負け犬」と、なんでもディール(取引き)に帰する極端な個人主義の発露が見られる。
けれど、そういった個人感情だけで7400万票は説明できないと思う。本書では、予備選会場を回り、支持者の声を拾う。あのファナティックなトランプ支持者に普通に話してみると、冷静で穏やかな人たちという。そう、煽る者がいるからファシズムは進行するが、煽られたことを自覚しつつ、行動する人がいるから完成するのだ。あのトランプ支持の熱狂は、どこか冷めた現代人が自己の欲望を激化していると見せたい「祭り」なのかもしれない。しかし「祭り」の後は、大抵傷つく人が出て、あたりはゴミだらけ、その再生に時間がかかるものなのだ。(『アメリカ大統領選』久保文明、金成隆一 岩波新書 2020年)
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