京都守護職上屋敷跡 (現在は京都府庁)
幕府は、文久2年 (1862) 8月に、京都守護職を新設しました。 親藩の会津藩主
松平容保 (まつだいら かたもり) が指揮をとり、京都での幕府の威信を保とうとしました。
京都府庁内に石碑が残されていました。
守護職屋敷の面積は、現在の京都府庁・第二日赤病院・梅屋校におよぶ広大な屋敷でしたが
その中でも「上屋敷」は、度重なる増改築を経て慶応元年(1865)に完成しました。
正門は、全日空ホテルの裏側に移築されています。
紅葉がきれいな・・・京都府庁前の道路です。
この後、消防車がサイレンを鳴らして御所の方向に走っていきました。
幕末の京都を歩いている私達には、もしかして「禁門の変?」 (^^ゞ
御所の手前に 水戸藩跡 がありました。
水戸藩は、徳川家康の子・頼房を初代藩主とし、頼房の三男で二代藩主・徳川光圀(水戸黄門)が
『大日本史』の編纂に力を注いで幕末まで続いたが、幕末において尊皇攘夷の火付け役となる。
~~~~~~~ 今日の誕生花 日比谷花壇より ~~~~~~~
花名 : フユボタン 花言葉 : 高貴
二季咲き性のボタンの変種で、人工的に冬に咲かせます。
春につく蕾はつみ取り、夏の終わり頃に葉をつみ取って花期を遅らせ
藁の霜囲いをして暖かいところに保護すると冬に開花するのだそうです。