建仁寺の塔頭 「禅居庵」
「日本三大摩利支天」の1つに数えられる「禅居庵」です。
「摩利支天(まりしてん)さん」とも呼ばれ開運勝利のご利益があり
亥歳生まれの方には、守り神として深く信仰されているそうです。
凛々しい「狛イノシシ」が迎えてくれます。
大鑑清拙正澄禅師が、海岸に到って遥かなるをご覧になって
彼の国の因縁は如何であろうかと思慮されたところ
尊天、猪の背に坐し忽ち現れ告げられたことからでした。
禅居庵は元弘3年(1333年)に、建仁寺第23世の元国からの来朝僧
「大鑑清拙正澄禅師 」を開基として、小笠原貞宗が開いた寺院です。
写真では暗くて見えてませんが、欄間にもイノシシがいっぱいです。
こちらは、愛嬌のあるカワイイ系の狛イノシシです。
狛イノシシの写真は少ないですが、狛イノシシがいっぱいでした。
天文の兵火で焼かれ、天文十六年(1547)に
織田信長の父である、信秀が再建したと伝えられています。
創建時代の禅宗様仏殿の遺構が残されており中世様式の貴重な建造物として
平成七年、京都府より文化財の指定を受けています。
ゆずりあいの道
境内の東側の出入り口があり、常燈の横に矢印の上に
「建仁寺境内から花見小路に抜けられます。」
この道は、建仁寺さんから来た時の「禅居庵」へと続く道。
建仁寺境内側の禅居庵の門
毎月座禅会があり、参加費は無料で予約の必要もないそうです。
ホームページは こちら でご覧ください。
「日本三大摩利支天」の1つに数えられる「禅居庵」です。
「摩利支天(まりしてん)さん」とも呼ばれ開運勝利のご利益があり
亥歳生まれの方には、守り神として深く信仰されているそうです。
凛々しい「狛イノシシ」が迎えてくれます。
大鑑清拙正澄禅師が、海岸に到って遥かなるをご覧になって
彼の国の因縁は如何であろうかと思慮されたところ
尊天、猪の背に坐し忽ち現れ告げられたことからでした。
禅居庵は元弘3年(1333年)に、建仁寺第23世の元国からの来朝僧
「
写真では暗くて見えてませんが、欄間にもイノシシがいっぱいです。
こちらは、愛嬌のあるカワイイ系の狛イノシシです。
狛イノシシの写真は少ないですが、狛イノシシがいっぱいでした。
天文の兵火で焼かれ、天文十六年(1547)に
織田信長の父である、信秀が再建したと伝えられています。
創建時代の禅宗様仏殿の遺構が残されており中世様式の貴重な建造物として
平成七年、京都府より文化財の指定を受けています。
ゆずりあいの道
境内の東側の出入り口があり、常燈の横に矢印の上に
「建仁寺境内から花見小路に抜けられます。」
この道は、建仁寺さんから来た時の「禅居庵」へと続く道。
建仁寺境内側の禅居庵の門
毎月座禅会があり、参加費は無料で予約の必要もないそうです。
ホームページは こちら でご覧ください。