喜久家プロジェクト

日本一細長い半島、四国最西端「佐田岬半島」。 国内外からのボランティアとともに郷づくり「喜久家(きくや)プロジェクト」。

もう霊  文化庁「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」を記録撮影

2014-08-23 | ブログ
 平成22年、佐田岬半島(伊方町)の初盆行事が、
文化庁の「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」に指定された。

これを受けて、13日におしょろい棚の記録作成のため東京から株式会社「桜映画社」のスタッフ3名が来られた。
そして翌日14日には、再び平礒を訪れ、もう霊を撮影された。

 これもあってか今年のもう霊は、人が多かった。
30人はいたと思う。
これほどの人が集まったのは、記憶にない。
初盆の家はもちろん、先祖は喜んでいるだろう。

 フクロイ瀬に着くとまず笹舟を作り、海に流す。
おしょろい船だ。
初めて来た人、幼い子どもにその作り方を教える場面がそこここに見られる。




 次に今年新調した鉦(カネ)や太鼓に合わせ、円を描いて歩く。
鉦は私の父。太鼓は前を春おっちゃん、後ろを亀おっちゃんがかつぎ、亀おっちゃんが太鼓をたたく。

 鉦をたたく人が、
「氏神さま、お受け取りなされ」
「氏仏さま、お受け取りなされ」
「そうたん殿、お受け取りなされ」
そして、この1年で亡くなった2名の方
「○○殿、お受け取りなされ」
と言って、合図を出す。

 それに合わせて、周りの人が
「な~もみどう~」と言う。
この言葉は、「南無阿弥陀仏」という言葉が変化したもので、
これをとなえながら時計回りで歩く。





 これが終わると、父がそれぞれみなさんが持っていた笹を集め束にして、海に流す。

 そして最後は、天神崎の方へ向かい、まなご石を自分の歳の数だけ拾い、 神様に捧げる。



 若い人は数えやすいが、歳をとった人はたいへんだ。



 行事はこれで終わりとなる。
初盆を迎えた家の方からお酒、お菓子の接待を受け、帰って行く。
昔は、くずしなどを炊いて持って来て、ここでしばらく飲んだらしい。



 平礒のもう霊は、華やかさは全くないが、
その素朴さに先祖供養の原風景があるような気がする。

 未来に残したいふるさとの風景だ。

                    岬人(はなんちゅう)






お盆をふり返る  お寺参り

2014-08-23 | ブログ
 お盆14日午前中、わが家の本寺である三崎の傳宗寺をお参りする。

今年も父、私、息子、娘たち2人で傳宗寺を訪ねる。

 本堂でお祈りし、奥にある位牌堂へ向かう。
正面向かって右端にわが家の位牌がある。

 父が床に正座し、手を合わせる。
私も子どもたちもそれを見習う。
 そして父の口から流ちょうな般若心経が唱えられる。
私も全部は覚えていないが、ところどころ知っているところは声を合わせ唱える。

 

 先祖という目に見えないものをどれほど感じられるか。
そう、それは心で感じるしかない。
生かされている自分を感じる。

 そして、これから未来の子孫のためにも自分を生かしたい。

 心静かに感謝の気持ちで手を合わせる。
こんな時間を大切にしたい。

                   岬人(はなんちゅう)

 

お盆をふり返る  14日朝、盆踊りの準備

2014-08-23 | ブログ
 ふるさとのお盆をふり返っておきたい。

 13日午後、おしょろい棚を組み立て、先祖をお迎えする。

 14日朝7:30。盆踊りの準備のためお寺にあがる。
準備を担当するのは、消防団員。

 ここ3年ほど息子も
「お父さん、僕も盆踊りの準備にいっていい?」
と言い、準備に参加している。
 地域を盛り上げるために積極的に参加しようという気持ちは大切なこと。

 準備としては、お寺の掃除、盆踊りの曲を流す機器の準備、太鼓や提灯の準備など。
今年は、天気が悪そうだったので、太鼓と提灯は夜の盆踊り直前に準備することになった。

 私は、お寺への上がり口を掃き掃除。





 30分ほどで準備も終わった。
小さいながらほどよくまとまっている、このこぢんまり感がいい。

 昔と変わらないお盆14日朝の活動だ。

                    岬人(はなんちゅう)