一昨日のことだが、18きっぷを持って、父親と一緒に、マイカーで熊山駅に向かった。
熊山駅の駐車場に車を止めると、駅舎へ向かって歩き、改札口で、2人分のスタンプを押してもらった。
そして、7時34分発の1303M列車に乗車した。
次の万富駅に止まると、1303M列車を降りて、7時54分発の711M列車を待った。
まもなく、折り返し711Mになる列車が入ってきた。
列車は、115系の4両編成で、広島支社更新色の車両だった。
わたしたちが乗車したのは、先頭のクハ115-2003だった。
列車は、7時54分に万富駅を発車すると、各駅に停車しながら、三原へ向かって走った。
次の瀬戸駅では、多数の乗車があり、車内には立ち客も出た。
そのあと、上道、東岡山、高島、西川原・就実前の順に停車し、岡山に停車した。
岡山では、数分停車した。また、乗務員の交代も行われた。
岡山を出た列車は、終点の三原まで、引き続き、各駅に停車した。
終点の三原に着いたのは、9時57分だった。
三原駅で下車すると、駅のすぐ北にある三原城跡の石垣の上に行った。
三原城は、小早川隆景が築いた城である。
城跡からは、三原市街地の駅より北の部分を眺めることができた。
城跡の堀の西では、建物の解体工事が行われていた。広い更地ができていた。
三原城跡をあとにすると、隆景広場を通り、西国街道を西へ歩くことにした。
西国街道を西へしばらく歩くと、右手に山門のある小さな寺院が見えた。
それは、順勝寺である。山門は、三原城内にあった奉行所の門だという。
順勝寺をあとにすると、さらに西へ向かって歩き、次は、三原八幡宮へ寄った。
大きな鳥居があり、その向こうに石段が続いている。
石段を登って、しばらく歩くと、八幡宮の拝殿の前に着いた。
三原八幡宮を参拝すると、次は、宮浦公園へ向かった。
そこでは、トイレ休憩をした。
三原市街地には、多数の小さな寺社があるが、各寺社とも、参拝者用のトイレが設置されていないからである。
宮浦公園に立ち寄ったあとは、再び歩いた道を引き返した。
その頃、正午が近づいていた。
いったん、三原駅付近まで戻り、新幹線高架下の食堂で、昼食をとった。
そのあと、成就寺へ向かって歩いた。その付近は、狭い路地が入り組んでいた。
成就寺は、並木宗輔ゆかりの寺である。
寺の境内は広くなく、本堂は、木造ではなく、コンクリート造りだった。
少し奥には、地蔵が並んでいて、さらに奥には墓地があった。
成就寺をあとにすると、次は、妙正寺へ向かって歩いた。
途中、妙正寺坂という長い坂道があった。
妙正寺の境内では、三原市街地の眺めを楽しむことができた。
妙正寺をあとにすると、歩いた道を引き返し、三原駅へ向かった。
三原駅からは、13時55分発の448M列車に乗車した。
列車は、115系の3両編成で、その日は、黄色の編成だった。わたしたちが乗車したのは、クハ115-1402だった。最後尾の車両である。
また、その日、その列車には、女性の車掌が乗務していた。
列車は、終点の岡山まで各駅に停車した。
岡山駅に着くと、15時41分発の1322M列車に乗車した。
わたしたちが乗車した車両は、モハ114-1199だった。
列車は、各駅に停車した。
岡山を出ると、西川原・就実前、高島、東岡山、上道、瀬戸、万富の順である。
そして、熊山駅に止まると、下車して、マイカーで帰宅した。
こうして、18きっぷ消化目的の外出を終えることができた。