「野菊の墓」伊藤左千夫の小説の舞台がここ矢切の渡し
淡い初恋の物がたりで、野菊のような君がこの渡し船で去っていく
チャ子ちゃん先生の年代の少女はこの小説に涙し、確かに映画にもなった
というしっとりとした思いで矢切の渡し場に行く
同行の若手は流行歌の「矢切の渡し」を口ずさんでいる。初めて聞く歌だといったら
「細川たかしで歌ってすっごく流行ったんですよ」
「そうなの」
矢切は千葉の地名で今は松戸になっている
ここは縄文時代の遺跡が出たところ、戦国時代北条氏里美氏の戦場の場で、矢が飛び散ったことで「矢切」という町名が出来たと、前に松戸に住む友人に聞いたことが在る
その矢切町と柴又を渡す船は江戸時代にもうすでにあったようだ
今は柴又の方が有名になってしまったけど、それは「フーテンの寅さん」の映画のおかげカナ
川を渡っていて感じたことが在る
川は本来縦に流れていて横を渡っていくのは大変なことなのだなと、舵を取るというのはこういうところから来ているのか。無理に横に舵を切らなくても、流れに沿って行けば早く楽に行く、無理に向こう岸に行こうとするから、力がいる。
でも無理をするからまた違うものっ見えてくる
更に思ったのは
人が死んで向かう岸辺が必ずあるのだな、という感じも持った
人の死というのは、ただ自分のいる場所が変わるだけ、対岸に行くだけ、だから「彼岸」というのかしら
こんなことを思いながら水面を見ていた
恋しい人が対岸に行ってしまった野菊の君
小説家って着眼が深いね
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