あしたはきっといい日

楽しかったこと、気になったことをつれづれに書いていきます。

思い出して

2017-01-05 22:20:03 | 出会う
時間が出来たので、気になっていた『追悼特別展 高倉健』を観に行った。



高倉健さんが亡くなられて2年が過ぎた。3回忌を迎えるのを機に開催された展示会のことを知ったのは昨年の秋。このギャラリーの前を通りかかったときに必ず来ようと思ったものの、都合がつかずに後回しにしてしまっていた。会期もあとわずかとなり、ようやく訪れることができた。


さて、この展示会は会場でのチケット販売は行っておらず、入場する日と時間帯を指定したチケットをネットなどで購入しなければならない。これは混雑を避けるためのものだったのだろうが、失礼ながら健さんを愛する人の多い年代の方々にはややハードルが高いのではないかと思った。


会場内のあちこちにプロジェクターやモニターが設置され、そこに健さんが出演した映画の、健さんが出演したシーンが映し出されていく。東映ニューフェイスとしてデビューした頃の健さんにはどこかぎこちなさを感じる。それでも、美空ひばりさんの相手役として登場した映画での活き活きとした姿は、後年の僕が知っている健さんとはまた違った魅力があった。そう、江利チエミさんに引っ叩かれるシーンが映し出されていて、思わず笑ってしまった。

展示を辿っていくと、年齢と経験を経る毎にその風貌に凄味が加わっていくように感じられた。それは多分、今回の展示企画の効果だと思う。そして、健さんの人気を高めた任侠映画での姿は、背中の唐獅子牡丹以上の重みを受け、それが風貌に凄味を与えているのだろうと感じた。そう、この頃の作品で「緋牡丹のお竜」藤純子さんの美しさにハッとした。今のチャーミングな富司純子さんとはまた違う美しさだった。

次に、東映から離れ様々な作品に関わっていく時代の健さんは、僕にとっての「健さん」だった。いずれもテレビで観た『幸福の黄色いハンカチ』、『新幹線大爆破』、そして『野生の証明』の中の健さんこそ、強くて優しくて、そして弱いという、男の魅力を体現していた。『野生の証明』で演じた味沢が息絶えた頼子(薬師丸ひろ子さん)を背負い一人自衛隊の戦車群に向かっていくラストシーンが映し出されると、目頭が熱くなった。

展示の最後は、健さんの最後の作品『あなたへ』。切り取られた場面の中には僕が一番好きな、写真館の前で子どもの頃の妻の写真に向き合う姿があり、嬉しく思った。



値が張ったものの、図録を購入した。併せてポストカード3枚を選んだ。藤純子さんとのシーン、傘をさし刀を手に歩くシーン、そして、一番気に入ったのは『駅 STATION』での倍賞千恵子さんとのシーン。このシーン、会場で観て艶っぽさを感じた。


健さんの軌跡に触れ、これまで避けていた任侠映画を観てみようかと思った。そして、いつかまた違う切り口で表現された健さんを観てみたい。
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聞くという主張

2015-05-20 23:37:11 | 出会う
今日は、池袋のジュンク堂書店で開催された、ノンフィクションライター 最相葉月さんのトークイベント「聞くという主張」に行った。

『ナグネ 中国朝鮮族の友と日本』、そして『れるられる』という2冊の著作刊行を記念してのイベントとのことで、先月開催情報を知りすぐに申し込んだけど、定員が40人と少ないというのもあるものの、早々に満員となったようだ。



『れるられる』は未読なので、その話は頭の回路に抵抗を挟んで聴いていたけど、『ナグネ』は先日読んでいたので、最相さんが撮られた写真をスクリーしンに移しながらのお話を頷きながら聴いた。

イベント終了後、最相さんによるサイン会があるというので、『れるられる』を購入しサインをいただいた。



サインをいただく際、「次のテーマは?」と聞いてみたのですが、「ナイショです!」と軽くあしらわれてしまったけど、そんなやりとりも楽しく、また次の作品への楽しみが沸いた。

「ツーショットでのお写真はよろしいですか?」と店員さんに尋ねられたものの、少し照れくさくて手を振って次の方に場所を譲った。

読みかけの本がまだあるけど、明日から『れるられる』を読もう。
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出待ち

2015-01-18 23:31:08 | 出会う
バレーボールの試合を観に行くと、必ず出待ちをするようになった。

出待ちというと宝塚をイメージするのも歳のせいなのかもしれないけど、サイン会などには行ったことはあるものの、この歳になるまで出待ちをしたことがなかった…と思う。

ところが、ファンの方々が出待ちをするというのを知って、実際に自分もやってみると、これが面白い。でも、他のファンの方々とはちょっと違う楽しみ方もしている。

初めて出待ちをしたのはちょうど1年前の姫路での試合だった。とりあえずお土産を持って選手の皆さんが会場から出られるところを待っていたけれど、対戦相手の東レの選手の皆さんは現れるものの、久光の選手の皆さんの姿は見えなかった。その日は風邪気味で、選手のみなさんに風邪を移してはいけないと早々に会場を後にした。でも、その場所で待っていても彼女たちにはは会えなかったということを昨日知った。出てこられる場所…待つ場所が違っていたのだ。だとすると、早く帰ったのは正解だったのかもしれない。

翌日の神戸は、選手の皆さんが会場から出てバスに乗り込むまでの経路に一般のファンの方々が待つことができない場所だった。それでも地元の中学高校生たちといっしょに待っていた。その時に、自分の子どもと言っていいくらいの男子たちと「どの選手が好きか?」などといった話を普通にしていた。まあ、彼らもおじさん相手に付き合ってくれたのだろうけど、そんな時間が楽しかった。

昨日と今日も出待ちをしていて、その間、他のファンの方々と話をして笑いあっていた。

選手の皆さんと話ができたりできるのも嬉しいけど、こうして他のファンの方々と話をしたりするのも楽しみだ。そんな僕はちょっと変わっているのかな? でも、一緒に楽しめたらいいんじゃないのかな。
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ウメサオ タダオ ニ アイ ニ イク

2012-01-15 21:20:10 | 出会う
日本科学未来館で開催されている「ウメサオタダオ展」に行った。

細かいことを確認せずに年末に来た時は既に年末年始休暇に入っていて、大きく空振りをしてしまった。まだ会期は1カ月ほど残っているが、今日にしようと決めた。それは、この展示会の主役である梅棹忠夫さんが長年にわたり館長を務められた、国立民俗学博物館(みんぱく)の教授で、この展示会の実行委員長である小長谷有紀さんによる解説ツアーがあるためだ。

梅棹忠夫さんの名前は社会人になった頃に知ったが、どのような方なのかは最近までよく知らなかった。彼の著作の中で最も有名な『知的生産の技術』を古書店で見つけ買い求めたものの、10年ほど開かずにいた。だが、梅棹さんが一昨年に亡くなられ、改めて関心を持った。

この展示については昨年にみんぱくで開催されていた。そのことを知ったのは会期が終わった後だった。それでも、その業績の一端に触れてみたいと思い、岡本太郎さんの「太陽の塔」と共に観に行くことを考えたが、結局は別の場所に行ってしまった。

この日のために、『知的生産の技術』を読み始めた。途中、別の本を読んでしまったりしたが、中盤からはスピードが速まった。彼の文体に慣れたからだろうか。そうして彼に対する関心が高まる中で今日を迎えた。



『知的生産の技術』に書かれたフィールドノートやカードなどの知的生産技術に関する展示は、訪れた人が手に触れることで自ら知的生産を体験できるようになっている。本を読んだことで理解は可能だが、この展示を見て、触れ、感じたことで、本により得た知識が膨らんでいくのを感じた。それとともに、彼のことを、そして彼の知的生産技術について知っておけばという気持ちが募った。

だが、遅くなったと言え、今彼に出会えて良かった。小長谷先生による解説を通じてより深く知ることができたのも良かった。そんな中で、いくつか心に残った言葉をメモにした。

「明日の自分は他人。明日の自分に申し送るようにメモを取る」
「すべての行為は妄想から始まる」
「行動するときは、役に立つかどうかに拘らない」
などなど…

アラタメテ、コトシ ハ オオサカ ニ イキ、 タイヨウノトウ ヲ ミアゲ、ミンパク ヲ タノシンデ ミタイ ト オモウ。

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yotsubako

2011-11-26 23:53:58 | 出会う
今いちばん輝いている女性の一人、アートディレクターの森本千絵さんの会社、goen°がコンセプトワークやロゴデザインに関わられたという商業施設「yotsubako」に、昨日行ってみた。



横浜市営地下鉄、センター北駅を降りてすぐの場所にその建物はあった。それほど大きくない箱だが、中はとても明るかった。それは単に新しいからだけではなく、外の明るさを十分に取り込んでいるからだった。そして、働いている人たちもなんとなく明る印象を受けた。



入ってすぐ、上りと下りのエスカレーターが並んでいることが気になった。普通はお客さんの利便性を考えてXの字のようになっているのだが、ここではそうではない。だが、次のフロアに着いてそれが何を意味しているのかに気付いた。







エスカレーターを降りたお客さんは、通路か店舗内を歩かないとその次のエスカレーターに乗れない。だがそれは、お客さんに各フロアの売り場を回ってもらうことを意図しているのだろう。そしてそれは、お客さんの利便性を低めるのではなく、お客さんに楽しんでもらいたいという優しさなのかな…とも思った。

少し遅くなったが、お昼をいただくことにした。で、選んだのが「土鍋ごはん 米三」というお店で、ご飯がメインという感じだった。それは、おかずやみそ汁がご飯を引き立てているということだと思い、ご飯をすこしおかわりした。



食後に付けてもらったホットコーヒーが来た時、思わず「アイスじゃないですよ」と言いそうになり、その言葉を飲み込んだ。



トイレの表示にも、何となく優しさを感じた。



帰り際、せっかくなのでおみやげにお菓子を買った。



こんな素敵な箱が近くにあったらいいなと思う。でも、ここだけのhakoだから魅力的なのかも…

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被写体

2011-04-21 08:15:00 | 出会う
そう、昨日は病院から帰ってすぐに出かけようと思ったが、来週分のアイロン掛けをしたりしてたらあっという間に夕方になっていた。夜に予定があり、その前に2つほどやりたいことがあったが、時間切れで1つ諦めた。

渋谷のPARCO FACTORYで開催されている川島小鳥さんの写真展『未来ちゃん』を観に行った。先週末に写真集を買い、楽しませてもらったが、大延ばしのパネルで観たいと思っていた。

川島さんの写真展は、先日両国で観て以来だが、構成から引き込まれる。写真が、そして被写体が持つ力をうまく抑えている。昨年表参道ヒルズで観た梅佳代さんの写真展もそうだったが、観る側との距離の近さが魅力だ。

写真集に収められなかったカットが展示されているなど、心に引っかかるところがいくつもあり、事実、引っかかる度に足を止め、パネルを見つめ、未来ちゃんの息吹きを感じようとした。

やっぱりここでも子どもに励まされた。だが、それでいいのだと思えた。そして、子どもたちみんなが未来ちゃんであり、表情豊かに生きている。僕らはそんな子どもたちにどのように接しているだろうか。

ただ単に笑顔を返すだけでもいいが、それ以上にできること…いや、それはしたいことなのだろうか、それが何なのかはまだ漠然としか見えない。
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遠回り、大回り

2011-04-08 19:03:00 | 出会う
もう一時間早く帰ろうと思っていたのに、間際に頼まれ事を受けてしまい、結局定時に職場を後にした。

西の空の美しさに誘われ、少し遠回りした。晴れ渡る空でなく、雲があるからこんな色を出せるのだろう。そう思いながら夕景に背を向け駅へと向かった。

駅に着く間際、電車が一本駅を後にしていた。次はすぐ来るだろうと思っていたが、トラブルで遅れが出ているという。10分遅れの電車はすし詰め(という表現でいいのか…)状態となった。

だが、乗り換えた電車では運良く席を確保できた。うとうととしてしまったが、少し冷たい風に目が覚めた。

さあ、これからちょっぴり寄り道をしていこう。
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アヴァンギャルド

2011-03-08 23:52:59 | 出会う

朝から母の通院に付き添い、帰宅後に自転車で出かけた。目的地は東京国立近代美術館、今日から開催されている『生誕100年 岡本太郎展』を観るためだった。

岡本太郎さんと言えば、「芸術は爆発だ」とか、「グラスの底に顔があったっていいいいじゃか!」といった言葉や、社会人になる前、日曜日のお昼に放映されていた、片岡鶴太郎さんのバラエティ番組に出演されている様子などが思い出される。以前は「一風変わったおじさん」といった印象を持っていた。

だが、自分が大人になるにつれ、彼の言葉に込められた思いが少しずつ理解できるようになると、それまで奇天烈にしか見えなかった彼の作品が心に突き刺さってくるようになった。すると、結構あちこちに彼の作品があり、立ち止まって観ることもあった。

初日とはいえ平日の昼間だったこともあり、作品を鑑賞するには支障のない混雑具合だった。

会場に入るなり、彼の作品に圧倒された。そして、思わず微笑んでしまった。強烈な原色を纏った立体作品は、その色の強烈さに似合わず、温かく、そして柔らかに思えた。そして、今もなお大阪の地にその姿を保っている「太陽の塔」に関する展示を目の当たりにした時、思わず涙が溢れて来た。彼がこの作品に込めた思い、そして、大阪万博に臨んだ思いを知ると、何かが胸に込み上げてきた。

会場の外では、彼の作品のミニチュアフィギュアがガチャガチャで売られていた。病院からの帰りにラジオでも紹介していた。そして、ガチャガチャにはそれなりの人が集まっていた。

残念ながら2回やって同じものが出て来た。だが、「同じ顔が二つあったっていいじゃないか!」という声が聞こえてくる感じがして、納得した。二つ持つことに意味があるように思えて来た。

会場の出口には「太郎のことば」のプレゼントがあった。一人一枚もらうことができる。

僕に贈られた言葉は「評価されるなんていっさい必要なし!」というものだった。そういえば、ここ1~2カ月の間、自分が評価されていないことに対するいら立ちを感じていた。そういう意味では、ちょうどいい言葉だった。

会期は2カ月。その間、展示替えもあるそうで、それを言い訳にして少なくとももう一度訪れたいと思う。もっともっと彼に触れてみたい。

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風呂上がりの一本

2010-11-13 17:59:17 | 出会う

映画『マザーウォーター』で、もたいまさこさんが風呂に入る前に飲んでいたジンジャーエールが気になっていた。ファイブミニくらいの大きさのボトルのジンジャーエールに心当たりがなかった。

そんなことを頭の片隅に置いたつもりもなかったが、寿司を買いに行く前に別のスーパーに行った時、何気なくドリンクコーナーを覗いたらこのジンジャーエールが気になった。たぶん、店の人が作ったポップがなければ通り過ぎていただろう。とりあえず一本買って帰った。

帰ってからネットで調べると、撮影に使われた銭湯のホームページにそのジンジャーエールが紹介されていて、ビンゴだった。早速その味を紹介しようとも思ったのだが、風呂上がりに飲んでからとしよう。

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ヘッダ・ガーブレル

2010-09-19 23:04:16 | 出会う
新国立劇場の演劇『ヘッダ・ガーブレル』を観に行った。観劇は一昨年同劇場で『混じりあうこと、消えること』以来となる…と思ったが、その後、昨年夏に燐光群の『現代能楽集 イプセン』を観ていた。そう、イプセンは今回の作品の作者である。もしかしたら、あの時彼の作品をもっとよく知っていたら…と、今更ながら思う。

今回僕の心に引っかかったのは、益岡徹さんが出演されていることだった。これも同劇場で2001年に観た『ピカドン・キジムナー』での印象が強かったからだが、主演が大地真央さんというのにも心惹かれた。シアタートークに合わせて今日の席を取ってから、ずっと楽しみにしていた。

初台の駅に着くと、同じ目的のお客さんが一斉に劇場側の改札に向かう。ここから劇場に入るまでの間、そして、緞帳が開くでもなく静かに開演するまでの間に感じる高揚感を、今日も味わっていた。劇場に入るとすぐ目の前にグッズを売るコーナーがあり、その脇には大地真央さんのグッズを売るコーナーも設けられていた。そう、大地さんといえば宝塚歌劇団で男役のトップスターだった方で、日本を代表するミュージカル女優だ。彼女のファンという方も大勢いるだろうが、舞台上での息遣いまで聞こえてきそうな小さな劇場で彼女を観る機会はたぶん初めてだろう。それに、この芝居はミュージカルでもない。

そんな光景を新鮮に思いながら客席に向かう途中、どこかで観た人がロビーを歩いていた。最近写真を拝見していた、この劇場の新しい演劇部門芸術監督となった宮田慶子さんだ。幕間にも歩いている姿を見かけ、芸術監督として初の作品を自ら演出した意気込みが伝わってきた。

さて、静かに始まりしばらくは、睡眠不足が祟り目をこすりながら観ていた。だから、幕間にはビールではなくホットコーヒーを選んだ。後半に入ると、コーヒーのおかげというより、物語の展開そのものにどんどんと引き込まれていった。きっと、前半は人間関係がよく掴めなかったのだろう。それが、後半には鮮やかに見えてきた。まあ、それでも全てが見えていた訳ではないが、それが見えたんだと思えてくるとともに物語はどんどんとスピードを速め、衝撃的なクライマックスを迎えた。

誰もが善人のようで、だがその裏に悪人の顔を持っている。先日観た映画『悪人』の祐一と光代が頭をよぎった。観終わった後すぐはそんな感じが頭の中でもやもやと浮かんでいたが、その後のシアタートークで司会の中井美穂さんと宮田さん、大地さん、益岡さんとのトークと、お客さんからの質問などでそれがはっきりとしてきた。観終わって話を伺うと、もう一度観たくなる。本当に観に行こうかと考えている。

さて、セット券で購入した『やけたトタン屋根の上の猫』と『わが町』だけでなく、今後も観たい作品が目白押しだ。精力的に「演劇」を発信しようとする宮田監督の意気込みに応えるにも、今度は誰かに声を掛けて誘ってみよう。
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