あしたはきっといい日

楽しかったこと、気になったことをつれづれに書いていきます。

父の命日

2014-02-17 19:04:51 | 見上げる
今日は38回目の父の命日。お供え物は昨日、鎌倉で買ってきたので、今日はまっすぐ家に向かう。

父が亡くなったのは47歳のときだった。生まれつき心臓が弱く、そのために戦争には行かずに済んだのだろうか。お陰で兄と妹、そして僕がこの世に生を受けることができた。

あの日の記憶はもう微かにしか残っていない。早く逝ってしまったと、あの頃は思っていたけど、父の兄弟ももう一人しか残っていない。

来年は父の歳に追い付く。だけど、僕はいまだに父になることができない。その点ではこれからも父に追い付くことはできないだろう。兄と妹には子どもがいるので、父と母の命は受け継がれていく。僕はそろそろ、人生の終い方を考え始めなければと、最近思っている。

まあ、それはもうちょっと先のことなので、今週末はどこかに飲みにでも行こうかな…
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2 コメント

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こちらでは初めまして (Aya)
2014-02-17 19:40:02
こんばんは。
twitterではいつも呟きを拝見しております。ですから勝手に知り合いのような気持ちでこの記事を読ませて頂きました。そして知らず涙が出てしまいました。私は10年近く前に母を、続いて父を亡くしました。大人になってからもお酒を飲む機会はあったはずなのですが、遠く離れ、また実家に帰っても深く話しながら飲むというチャンスには恵まれませんでした。
ですから、この記事はとても・・切なく、そしてまたKozyさんの優しさに触れるものでした。
もうすぐ母の誕生日です。そしてその次の日は命日です。しっとりと母を偲ぶ日にしたいと思いました。ありがとうございました。(長々と本当にすみませんでした)
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ありがとうございます (Kozy)
2014-02-17 21:05:14
Ayaさん

こちらこそ、Tweet拝見させていだだいてます。
父が逝ったとき、僕は小学1年生だったので、物事がわかっていたことも、わからなかったこともありました。今思えばですが。
時々、今日みたいに「父がいたら」と考えますが、父と暮らしたよりもはるかに長い時が過ぎた今、それはファンタジーのような感じなのかな…なんて思ったりします。
僕はまだ母親がいるので、口喧嘩になってもそれは贅沢なことなんですね。

お父様、お母様の好きだったものをつまみに一杯なんていうのもいいんじゃないでしょうか。
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