ほぼ是好日。

日々是好日、とまではいかないけれど、
今日もぼちぼちいきまひょか。
何かいいことあるかなあ。

苺盛り

2011-05-31 | 食べること。



先週我が家では、畑の苺がたくさん採れて苺盛りでした。
新米農夫(?)にしては、お父さん、なかなかやるじゃん

しかし。
苺大好きの、育ち盛りの娘二人はもういません。
私たち二人+義母では食べきれず、ジャムにして娘に送ったり、
アイスクリームにしたり。





主人曰く、
イチゴ食べた~いって言ってくれる、孫でもいたらなあ・・・
って、10年早いわ


ところが、せっかくの苺もこの台風で畑が水浸し
主人はすっかりしょげ返り、我が家の苺盛りも
あっけなく終わってしまいました。
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知らないということ

2011-05-24 | 日々のこと。
少しばかり落ち込んでいます。
世の中、知らないということは本当にオソロシイことなのですね・・・


主人の生命保険の見直しの時期がやってきました。
義母が一時期保険の外交員をやっていたこともあって、
主人はいわゆる大手の生命保険会社の保険に入っています。
よくある10年更新型。
だいたい5~6年経つと、新しい保険を勧めにこられます。
子どもが生まれ、言われるがままに更新していました。

世間で「保険の見直し」ということを言われるようになったのは
いつ頃のことだったでしょう。
子どもも小さく、まだ若かかった(?)私は、
主人にもしものことがあればどうしようと気になって、
本を読みあれこれ調べました。
でも、保険のことは難しくてちんぷんかんぷん。

それでも、自営業者の妻は遺族年金が少ない、
しかも子どもが18歳までしかもらえない、ということを知って「えーっ!」
おまけに、主人が入院でもしたら収入はストップ
このままではあかん!
見直して、医療保険を充実させたのが10年前のこと。
やれやれこれでひと安心。
保険料は高くなりましたが、本にも自営業者の場合は保険を手厚く、
と書かれていたのでまあこんなもんだろう、と思っていたのです。

それから6年ほど経ち、また保険のおばさん(といっても私より
若そうでしたが)が見直しを勧めに来られました。
ちょうど師走の忙しい時期だったので断りましたが、
おかげでまた保険のことを気にするようになりました。

半月ほど経って、また新しいプランを持って来られました。
確かに医療保障が今より充実してはいましたが、よくみると
死亡保障ががくんと減っています。
これから子どもたちが大学受験という時期、
同じ保険料でなんで保障額を下げなあかんの?
という素朴な疑問を持ち、あと4年はこのままでいいです
とお断りしました。

参考までに言うと、結婚してから主人は、腰痛で歩くことも
ままならない時期もありましたが、これまで一度も
入院したことはありません。
海で大ケガをしても、湿潤方法で自力で治したくらい


そして今年の夏、いよいよ更新の時期が来るので次の保険を
考えなければいけません。
先日、契約内容確認ということで、保険会社の方が来られました。
もちろん新しいプランを持って。

今のままだと保険料はかなりのアップ。
それで、死亡保障を減らして新しくできた医療保障をつけ・・・
それで今より少しお高くなる程度。

確かに新しい医療保険はなにかと魅力的です。
ネットで生命保険のことを調べ、迂闊には新しい保険にしない、
保険はシンプルにしよう、と思っていた私の決心がぐらつきます。
それに説明も、自分の経験談などを交えて説得力があります。
でも・・・、少し考えさせてくださいな。

父の四十九日が終わり、相続の手続きも先が見えてきて
少し余裕ができたので、電卓片手に今までのプランと
新しいプランの比較を始めました。
・・・それにしてもよくわかりません。
保険って、なじみのない言葉が多いんですよね。

そもそも、転換って何?

ネットで調べると、転換には注意とか、ソンをする、とか
あまりいいことは書いてありません。
それで、検索してわかったことは・・・

えーっ

私は専門家ではないからうまく説明できないし、
誤解を招いてもいけないのでここでは書きませんが、私としては
あ~、こういうことだったのか!
と、これまで釈然としなかったことが腑に落ちたわけです。

で、これまで残してきた古~いパンフレットを熟読すると、
なるほど小さい文字で転換価格と書いてありました。
それを調べていくと、・・・ひょっとしてけっこうソンしてる!?

もちろん、保険は「もしも」のときの保険であり、
貯蓄だけではありません。
少しでも少ない掛け金で大きな保障を得ようと思えば
こういうこともありなのかもしれないけれど、
どうしてきちんと説明をしてくれないのでしょうね?


で、今回の見直しで、終身部分の保険料が倍になってしまう
新しいプランにはせず、今までのに死亡保障だけ減額する
という形に落ち着きました。
本当はもっと減額してシンプルにしたかったけど、
何度も丁寧に説明に来られた営業の方は一生懸命で好感が持てたし、
次女が卒業するまでは医療保障はこのままにしておいてもいいか、
思ったわけです。
(こういうところが我ながら甘い・・・)


それにしてもねー、
この十数年の間、一応保険のことは調べたつもりでいたのに、
結局たいして役に立っていなかったんだ・・・と思うと
凹んでしまいます
世の中、知らないとソンをするものなのですね

まあ、主人が生命保険のお世話になることがなかったことをよしとして、
高いお守りを買ったとあきらめましょう。

死亡保障を減額したからには、
これから長生きしてがんばって働いてもらわねばね~


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恵み

2011-05-21 | 日々のこと。



今朝の収穫です。
主人が朝から畑へ行って採ってきてくれました。
素人ながら、なかなか上出来(笑)


ところで。
今日の新聞の京都版に、
『EPZ20キロに拡大 原子力防災計画 府が独自基準』
という記事が載っていました。
今回の福島第1原発の事故をうけ、府が防災計画の見直しに着手。
対策の重点地域(EPZ)を現行の原発から10キロを20キロに拡大する
というものです。
そして10キロと20キロ圏内を示す地図が掲載されていました。

・・・我が家はその円の中にしっかり入っています
そう、私が住んでいるところは、原発から10キロをわずかに超えた地域。
住んでいる府県は違っても、原発銀座といわれる若狭湾とは
目と鼻の先なのです。

もし、ここで福島第1原発のような事故が起きたなら・・・
そう思うと、避難地域に指定された町や村の人々のことが他人事とは思えません。
家族との思い出のつまった家を出、住み慣れた町を離れ、
いつの帰れるのか、いつふつうの生活に戻れるのか予想もつかない日々。
震災から2ヶ月以上経つのに、人々が今尚そんな避難生活を
余儀なくされているのかと思うと、本当に腹立たしいし、
何とかできないものかと考えてしまいます。
せめて、避難地域を同心円ではなく放射線量に基づく指示に変えれば、
自宅に戻れる人たちもたくさんいるのではないか、と素人ながら思うのですが。



この春、寒さが続いて遅れ気味ではありましたが、いつものように
たらの芽、わらび、ワカメ、タケノコなどの自然の恵みをいただくことができました。
ただ、いつもと違ったのは、
もし原発の事故が起きたら、もう食べられへんようになるんやなあ・・・
という会話があったこと。

この自然の恵みと、その恵みを食べることができる、という
ごくあたりまえの生活が送れることに感謝しました。

農家の人たちは畑へ、漁師さんは海へ。
そして誰もが自分の住んでいた町へ、一日も早く戻れますように。



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長い1日

2011-05-12 | 日々のこと。
ここ数日、梅雨のようなお天気が続いています。

昨日はこのあたりでも雨が1日中降り続き、大雨警報が出たほど。
まさかこの雨が、我が家に長ーい長ーい1日をもたらすことになろうとは・・・



昨日、主人には研修で大阪へ行く予定が入っていました。
始発のJRに乗って行かないと間に合わないというので、私も4時半起き。
主人はJRで出かけるときは帰りの電車でビールを飲みたい人なので
自転車で駅まで行くことが多いのですが、どうやら天気予報では1日雨模様。
歩いても10分ほどの距離ですが、私が送っていくことにしました。
(こんなことめったにありませんけど・笑)

主人を送ったあと、前日もよく降ったから電車大丈夫かなあと心配していると、
主人から徐行運転で遅れているとメールが。
しかも途中で乗り換えるはずの特急が、電車が遅れたために出てしまった後で、
快速で京都まで行くはめに・・・
おかげで1時間遅れてしまい、研修に遅刻したそうです。

しかし、これはまだほんの始まりでしかなかったのでした


夕方4時過ぎに研修が終わり、急いで京都へ向かったおかげで
17:29発の特急に乗れたそうです。
この電車に乗れば7時過ぎには駅に着いて、7時半には家で
ふたり一緒に夕食をとれるはず
あー、やれやれ、と缶ビールをプシュッ・・・たぶんね(笑)

ところが、そのころ京都府北部では大雨警報が出ていたのです。
私も心配になってJRのHPで運行情報をチェックすると、大雨のため
夕方以降の特急はすべて運行取り止め。
主人の乗った特急は、ぎりぎり出発できたようです。
しかし、出発してすぐに主人からメールが。

出たとたんに止まった

やっと動いたって思ったらまた止まった
今日中に帰れるかなー

そして、とうとう・・・

あらら、止まったちゃった

日吉駅まではとりあえず行くってさ
そこで一晩かなー


この時点ですでに7時過ぎ。
とうに駅に到着している時間です。
その間私は、ネットでJRの運行状況やウェザーニュースの雨雲をチェック。
テレビのニュースや天気予報を見、そのつど主人にメール。
日吉で止まったというメールがきたときは、宿泊施設まで探しました。
このころには、近辺の路線はほとんど運転見合わせになっていたんですね。
雨はそんなに強くはなかったのに、雨量計が規制値を超えたということで。
それに、運転再開するにも線路の点検が済んでからということで、
かなり時間がかかりそうでした。

安全確認できたでもうすぐ動くって
というメールがきたのが10時半ごろ。
そのあとも徐行運転で、乗換えの綾部に着いたのは夜中の0時近く。
主人の乗った特急は豊岡行きだったため、綾部からは各停に乗換え。
その電車も動いているということで、ほっとしました。
一方、豊岡行きの特急は福知山で止まってしまったそうです。

で、結局主人が駅に着いたのは1時半近く。
はい、私も着替えて迎えに行きましたよ~

この日の夕飯は、アサリと野菜をレンジで蒸したものにする予定でした。
もちろん、帰宅後夜中の2時に「お疲れさん」とふたりでビールを
飲みながらいただきました(笑)


普段なら特急で1時間半くらいのところを、なんと8時間近く
かかったことになりますが、主人が言うには、
 とにかく無事に帰れてよかった。
 乗客も、文句を言う人はひとりもいなかった。
 時間がかかっても安全第一やな。

そうなんですね。
JR福知山線脱線事故や今回の東日本大震災、福島の原発事故を経験した私たちは、
知らず知らずのうちに物事の基準が、スピードや効率から安全第一へと
変化してきているのだと思います。


この日は、朝の4時半から夜中の2時半ごろまで、なんと22時間
起きていたことになります。
我が家の長~い長~い1日となりました。
私にとっては「想定外」の出来事ではありましたが、
まあ事故もなく無事帰ってきてくれてよかった~


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ふつうの日々

2011-05-11 | 日々のこと。
父が亡くなって早や2ヶ月が経ちました。

4人分の確定申告、町内会の仕事の引継ぎ、相続の手続きなど
次から次へとしなければならないことがあって、
毎朝優先順位をつけながらひとつひとつこなしていった日々も過ぎ、
ようやくふつうの日常がもどってきたような気がします。

この連休も、やっと昨年末できなかった大掃除ができる、と
計画していたのですが、結局ほとんど脱力状態でだらだらと
過ぎていきました。
・・・まっ、いつものことですけどね


そんな連休でしたが、こどもの日の夕方になってようやく
重い腰を上げ、何ヶ月かぶりで主人と出かけました。
出かけた先は、福井県との県境にある青葉山の松尾寺。
といってもお目当てはお寺ではなく、門前にあるお茶屋さん流々亭
お抹茶のお菓子が美味しそうで、一度行ってみたいと
思っていたお店です。


夕方とあって、参拝客も数組。
お店も貸しきり状態です。




石臼で挽いた抹茶を使ったスイーツから選んだのは、
抹茶のシフォンケーキ。



生地がとっても軽く、ほわ~っとお抹茶の香りがして、
とても美味しかったです

クリーム白玉ぜんざいも、上品であっさりとした甘み。
ただ、夕方の風がひんやりと冷たくなったので、
暖かいおぜんざいのほうがよかったかも。


お店の前の八重桜がちょうど満開だったので、二階に上がって
見せてせいただきました。




今年は満開の桜を見てもモノトーンにしか見えていなかったのですが、
閑けさの中に凛と咲き誇る八重桜は、ことのほか美しく感じられました。



父が亡くなった数日後、あの大震災がありました。
今まで「あたりまえ」だと思っていたことが実はそうではなかったんだ、
と気づかされ、ふつうの日常がどれほどにありがたいものであるのかを
思い知らされ出来事でした。

その一方で、相変わらず日々振り回され、ささいなことで
イライラしている自分がいます。
頭でわかっていても、感情がついていかないというか・・・

義母の時もそうでしたが、実家の母も父の死後
ひとりでいる不安からか認知症の症状がひどくなりました。
わかっていても、実の親子ゆえの遠慮のない物言いに傷つくし、
こちらもかっとなってつい言い過ぎてしまいます。

跡取り娘だった母は嫁姑の苦労も知らず、まわりに気づかいする
こともなくて、年とともにわがままになってきました。
この先一体どうなることやら・・・


とりあえず、私にもふつうの日々が戻り、抹茶のスイーツと
八重桜に癒された一日でした。



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