昨年2023年8月において大阪堂島商品取引所で再開されたお米の先物取引は、米価高騰の時期と重なることから、値上がり原因の疑いがあります。先物取引再開には、堂島商品取引所のステークホルダーでもあるSBIホールディングスの強い働きかけがあったとされ、投機のチャンスを狙う金融筋の思惑が絡んでいるのは確かなことなのでしょう。
農産物の先物取引については、投機マネーの流入が懸念されながらも、農産物価格の変動リスクをヘッジする役割を果たすとする肯定論があります。否、農家に対するリスクヘッジこそが、農産物の先物市場の存在意義とも言え、この役割なくしては、誰も同取引を正当化できないことでしょう。競馬や競輪などと同じく、単なる‘賭け事’となってしまうのですから。しかも、日本人の主食であるお米を賭け事の対象とするとなりますと、多くの国民からの反対の大合唱が起きることでしょう。それでは、この変動リスクヘッジ説は、先物取引を正当化できるほど、説得力があるのでしょうか。
‘農家のための先物取引’によれば、農家は、天候や作柄による価格の変動リスクから逃れられるとしています。しかしながら、天候が良く、作柄も良好であっても、‘豊作貧乏’という言葉があるように、大量供給による価格の低下により収入が減少することもあり得ます。また、天候が悪く、作柄も平年以下であっても、供給量の減少による価格上昇が、思わぬ利益をもたらす‘不作長者’という逆パターンもありましょう。その一方で、これらの価格変動も、他の地域の生産量や消費者の動向によって左右されるのであり、実際に‘豊作長者’や‘不作貧乏’となってしまうこともあり得るのです。つまり、農業には予測不可能なリスクが伴いますので、先物取引でのヘッジはリスク軽減にはならず、逆のリスクに掛けたに過ぎないこととなります。
しかも、この予測不可能性は、他者よりも、より詳細でより豊富な情報を手にしていれば予測可能性に転じますので、半々の確率ではなく、より‘勝率の高い賭け’事となります。この点、今般の米価高騰の場合、農林中金の巨額損失等もあり、先行きの高値が予測されるに十分な状況がありました。つまり、米価が高騰する確率の方が飛躍的に高くなるのですから、情報を得ている側が高値予測で‘買いヘッジ’に投資するのは当然です。つまり、農家よりも金融情報を逸早くキャッチした金融筋や投資家側が極めて有利となるのです。
それでは、農家の側はどうでしょうか。情報に乏しい場合には、先物取引市場での価格上昇につられて先物での売り渡し契約を結ぶかもしれません。しかしながら、2倍ともされる米価の急激な上昇からしますと、おそらく‘隠れ損’となった農家の方が多いのではないでしょうか(現物取引では1万円の状況下で、先物取引で13000円の価格で売却契約を結んだところ、実際には、20000万円まで上昇したようなケース・・・)。つまり、情報量が‘賭け事’の結果を左右するならば、情報収集能力において優位し(最先端の金融工学やAIをも利用しているかも知れない・・・)、日本国内のみならず世界全体の状況を把握し得る金融筋や投資家に、より多くの利潤がもたらされるのです。
一方、農家が先物取引で純粋に恩恵を受けるのは、将来的に価格が下がった時のみに限られます。しかしながら、機を見て敏感な金融筋や投資家は、今度は、「売りヘッジ」に走ることでしょう。このケースでは、先安感から売り注文が殺到すれば現物市場でも暴落を引き起こしかねず、先物市場に不参加の農家も巻き添えとなって損失を被ってしまいます。
しかも、生産者側となる農家は常に現物の売り手側ですので、一端、売り渡した限り、買い手側となってそれを買い戻すことも不可能です。一方、差益を期待して先物取引に投資をする人々にとりましては、価格の上昇も下落も同価値のチャンスです。また、新たに発足した堂島のシステムでは、途中で「買いヘッジ」を解約して「売りヘッジ」に切り替えることも自由自在です。先物取引では、農家と投資家との立場は等しくはなく、前者の自由度の方が遥かに高いのです。
加えて、先物取引が農家のリスクをヘッジするならば、全ての農家が同市場を利用するはずです。上述したように、天候等によるリスクは、全ての農家にとりまして不可避であるからです。しかしながら、全ての農家が先物取引に参加すれば、現行のお米の流通過程は崩壊することでしょう。もちろん、農協は集荷事業者としての役割を失い(農協は、先物市場の開設に一貫して反対・・・)、従来の卸売り事業者も、先物市場で調達せざるを得なくなるかも知れません。そして、米価がおよそ先物市場で決定されるとすれば、小売り事業者や消費者は、今日以上に投機的な価格の変動に見舞われることでしょう。先物取引が価格の安定に寄与するどころか、逆方向に作用知ることになるのです。しかも、今般、先物市場で購入されたお米が何処にいったのか、すなわち、誰が売り渡し農家から集荷し、それを流通ルートに乗せているのか、これもまた謎なのです(密かに輸出されている疑惑も・・・)。
以上に幾つかの問題点を見てきましたが、農家のリスクヘッジに役立たず、一部の金融筋や投資家の投機の対象となり、しかも米価高騰を誘引しているのであれば、やはり、米の先物市場は閉鎖すべきなのではないでしょうか。存在意義がないのですから。そして、まさかとは思うのですが、政府の備蓄米の放出が遅れたのも、先物取引の「買いヘッジ」の限月を待ってのこともあったとも思えてきてしまうのです。