万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

核兵器使用禁止条約の多重抑止体制

2022年12月08日 13時28分59秒 | 国際政治
 核兵器の抑止力を最大化する一方で、攻撃力を最小化するには、核兵器については全諸国に対して保有を認める一方で、その使用を禁じる必要があります。この方向転換により、諸国間に相互抑止作用が働き、核使用の可能性、即ち核戦争に至る可能性は格段に低下することでしょう。しかしながら、核戦争の予防をより確実にするために、現行のNPTに代わる一般国際法としての新たな条約―核使用禁止条約―を制定し、国際的な核制御システムを導入するとすれば、その基礎となるのは、核兵器の保有禁止ではなく、使用の禁止、しかも、罰則規定付きの条約に基づくシステムということになりましょう。

 それでは、何故、罰則規定を設ける必要があるのでしょうか。NPTにおいては、「核兵器国」及び「非核兵器国」の何れに対しても、同条約に違反した国に対する罰則はありません(なお、核兵器はテロ集団と言った非国家組織が使用する可能性もあるので、同条約は適用対象を国家に限定せず、私的組織にまで広げる必要があるのでは・・・)。この欠落が、NPTの一般的な行動規範を定める法としての効果を著しく低下させる要因ともなるのですが、刑法における罰と同様に、罰則規定の存在自体が、強い抑止力として働きます。人には想像力がありますので、行動規範に反する行為を行なった場合、事後的に厳しい罰を受けること、重い制裁を科せられることが予測される場合、その行為を思い留まろうとする心理が強く働くのです。核の使用についても、保有による軍事的相互抑止作用に加えて、下罰や制裁によっても抑止作用が働くことが期待されますので、同条約に基づく体制は、いわば、二重抑止体制となるのです。

因みに、全面禁止型の条約である「生物兵器禁止条約」においても、問題が発生した際の協議や安保理理事会への苦情申し立て等については規定があるものの、明確な罰則規定は見当たりません。中国や北朝鮮等の諸国にあって同兵器の保有が疑われているように、罰則規定の欠落は、ここでも法的効果を損なう要因となっているのです。また、NPTと併存状態にある「核兵器禁止条約」では、その第5条において同条約の違反行為を防ぐための国内措置として罰則規定(the imposition of penal sanctions)について触れていますが、国内法である限り、自国の法域を越えた罰則を科すことはできないのです。

 罰則規定の必要性は、その抑止力によって説明されるのですが、ここで一つ、考えるべき点があります。それは、先の記事において既に指摘したように、国際社会では、国家モデルを適用することが極めて困難な点です。このため、執行から司法に至るまでの仕組みにおいて、警察機関や裁判所のように一つの機関に一つの機能を集約させるよりも、より分散的な方法を採用する必要がありましょう。また、未然防止の仕組みをどのように設計するのか、という難題もあります。難題である理由は、ロシアの「核抑止の分野におけるロシア連邦国家政策の基礎について」において示唆されているように、核兵器使用の未然防止のための措置が核による先制攻撃となりかねないからです。加えて、各国が備えるべき効果的な核の抑止力に関する計算作業も必要とされるかもしれません(抑止力を名目とした際限のない核軍拡競争の防止・・・)。これらの諸問題については慎重に考えてゆくべきなのですが、本日の記事では、核兵器が使用された場合について、以下の主要な論点のみを提起しておきたいと思います。

 先ず、罰則に先んじて確認しておくべきことは、核攻撃を受けた国による核使用国に対する個別的な下罰は許されるという点です。下罰と表現はしましたが、これは、核攻撃を受けた側の正当防衛権の行使であり(個別的自衛権・・・)、より直裁的な言い方をすれば、核による報復ということになりましょう。この反撃行為に合法性を与えませんと、相互抑止力が働かなくなるのです。実際に、「核兵器国」であるイギリスは、SLBMを搭載した潜水艦を配備することで、自らの核抑止力を維持する戦略を採用しています。

 もっとも、核兵器とは、多くの無辜の民間の人々が犠牲となる非人道的な兵器ですので、たとえ報復であったとしても使うべきではない、とする反対意見もありましょう。しかしながら、敵国国民のみならず、核兵器の使用が延いては報復による自国民の犠牲を意味するならば、兵器としての非人道性は第三の抑止力として働く可能性があります。核兵器を使用すれば、間接的には自国民をも大量虐殺する残虐で愚かな為政者にして人類に対する大罪人として歴史に名を残すこととなるからです(政府の基本的な役割の一つは国民の命を護ることにある・・・)。

 また、一国による核の使用が人類を滅亡させかねない全面的な核戦争に拡大しないための、連鎖性遮断措置も必要となりましょう。例えば、軍事同盟条約における集団的自衛権の発動要件において、核攻撃を受けた被害国以外の諸国は、通常兵器の使用は認めつつも核による反撃は控える、といった一定の制限を課すという方法も考えられます(ただし、核の抑止力を考慮すれば、同盟国による報復を認める方が効果があるかもしれないし、反撃に伴う核兵器の必要数や保有形態については緻密な戦略と計算を要する・・・)。なお、「核兵器使用禁止条約」の下では、核兵器の保有は全ての国に認められていますので、軍事同盟に基づいて「核兵器国」から‘核の傘’の提供を受ける必要はありません。

 そして次に考えるべきは、罰則や制裁の具体的な内容や仕組みです。執行の困難性については後日の記事に譲りますが、核攻撃を受けた被害国を含む全ての締約国は、分権かつ分散的な仕組みとして、条約に違反した核使用国に対して共同して下罰並びに制裁を行なう責任と義務を負うこととなりましょう。例えば、政治的には核兵器使用国を孤立化するための国交断絶が、そして、経済面では‘兵糧攻め’としての官民を含めた徹底した経済制裁や経済関係の停止などが挙げられましょう(つづく)。

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