万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

核兵器使用禁止条約における核使用の未然防止について

2022年12月09日 11時00分32秒 | 国際政治
 核兵器使用禁止条約は、ある特定の他害行為を全てのメンバーに禁じるための仕組みとはどのようなものなのか、という人類社会の基本的な問題を問いかけています。国内レベルであればこの答えは比較的簡単であり、大多数の人々が、先ずもって同行為を禁じる禁止法を根拠として活動する警察並びに司法機関の必要性を指摘することでしょう。しかしながら、国際レベルとなりますと、この国家モデルを採用することは極めて困難となります。

治安維持機能のための制度設計という側面からしましても、今日の国際組織には、同機能を任せ得る機関は存在していません。国家モデルでは、中立的であり、かつ、独立的な警察機関がそれに付与された物理的な強制力をもって違反者の取り締まりを担いますが、国際社会にあっては、国連という組織はあっても、必ずしもそれが警察機能を提供しているわけではないからです。警察組織が全ての人々の安全を保障するためには、個々からの超越性ともいえる中立・公平性の保障が必須条件となるのですが(国家レベルでもこの条件が満たされず、政治介入や警察腐敗が生じ、国民が苦しむ国も少なくない・・・)、現行の国連には同条件が欠けています。

国連の事務局は、何れの国の国益からも離れた中立的な行政機関ではあっても、決定権は付与されていません。もっとも、仮に、現行の制度のままに事務局に国際の平和に関する決定権を与えたとしても、‘官僚支配’の批判は免れ得ないことでしょう。それでは、国連の安保理ではどうでしょうか。国際の平和維持に責任を有する国連の安保理には常任理事国制度も設けられており、その決定は、特定の大国や国際勢力の政治的影響下にあります。国連安保理は、中立的でも公平でもないのです。因みに、国連の平和維持部隊の指揮権は国連事務総長にありますが、同部隊の派遣は、国連安保理の決議を要しますし、その活動範囲も安保理によって委任された範囲に限定されています(なお、近年ではPKO自体の腐敗や不祥事も問題化・・・)。

制度的な問題の次に立ちはだかる高い‘壁’は、核兵器を上回る物理的強制力を誰もが持ち得ないという否定しがたい事実です。国内レベルでは、警察には犯罪組織を制圧し得る物理的強制力の使用が認められており、通常、警察力が犯罪組織のそれを物理的に凌駕しています(警察力によって犯罪組織を制することができない場合、軍隊が投入されることに・・・)。ところが、国際社会では、核兵器国が‘絶対兵器’として核を保有していますので、国際社会は、この‘壁’にブロックされてしまうのです。警察力を上回る暴力組織が存在する場合には、これに対する警察力は無力となります。メキシコの事例が示すように、警察力が相対的に脆弱であれば、武装したマフィア組織が国家の警察力を凌駕し、良好な治安を維持することができなくなるのです。なお、この問題、戦争利権や麻薬利権等とも繋がる世界権力の横暴問題とも共通しており、制御不能なマネー・パワーの脅威と動勢力による諸国に対する侵害性を考える上でも重要です。
 
それでは、執行機関としての国際警察の設立を経ずして、核兵器使用禁止条約を執行する仕組みを造ることはできるのでしょうか。事後的な下罰機能については司法部門として別に考えるとして、物理的力による禁止行為の取り締まりを意味する警察機能とは、凡そ犯罪の未然阻止並びに現行犯の対処の二つに分けることができます。国際社会において警察機能を分散的・分権的に働かせようとすれば、これらの両機能について効果的な仕組みを考案する必要があります。

核使用の未然防止につきましては、核兵器の主要な運搬手段がミサイルである点を考慮しますと、核を使用させないためには、ミサイル発射を未然に阻止する必要があることは言うまでもありません。ところが、未然防止には、それ固有の問題があります。以前に難題であると申しましたように、核兵器使用の未然防止のための措置が核による先制攻撃となりかねないからです。目下、日本国内において議論されている敵地攻撃能力については、政府もマスメディアも‘反撃力の保持’として説明してはいますが、実のところ、核ミサイル発射をもって開戦となるケースでは、敵地攻撃能力とは、攻撃を受けた後の反撃ではなく、これを未然阻止するための先制とならざるを得ないのです。

この点に関しては、ロシアが公表した「核抑止の分野におけるロシア連邦国家政策の基礎について」によれば、核使用の条件の一つとして「ロシア及びその同盟国の領域を攻撃対象とする大陸弾道弾ミサイル発射に関する信頼し得る情報を得たとき(武装解除打撃)」というものがあります。ミサイル発射を阻止するための敵地攻撃という点に関しては、ロシアのみならず、「核兵器使用禁止条約」の下で核を保有することになる全ての諸国も、他国による自国に対する核ミサイル発射の準備を‘存立危機事態’と見なすことでしょう。犯罪の未然防止という警察機能に照らせば、核使用の実力阻止は、合理的かつ正当な行為として認めざるを得ないのです。ただし、ロシアでさえ敢えて‘信頼し得る情報’という条件を付したのも、誤情報によって核のボタンを押してしまう事態を回避したかったからなのでしょう。

以上に述べたことから、国際社会における警察機能に照らしますと、「核兵器使用禁止条約」においても、核ミサイルの攻撃対象となった国が、実力をもって敵地のミサイルを破壊する行為は、核使用の未然防止のための合法的な行為として許容されると言うことになりましょう。もっとも、ロシアは、核ミサイル発射の確実なる情報という条件付きで、‘核による敵地先制攻撃’を是認していますが、ロシアの条件では、過剰防衛、即ち、破壊的な核攻撃となる可能性が指摘されます。そこで、「核兵器使用禁止条約」にあっては、核使用の未然防止の手段としての実力行使は、核兵器ではなく、通常兵器に限定する必要がありましょう。そして、その対象も、多数の民間人の犠牲が予測される都市部ではなく、敵地ミサイル基地であれ(固定・移動の如何に拘わらず・・・)、SLBMを搭載した潜水艦であれ、発射体となる軍事施設や兵器に限るべきではないかと思うのです。

 加えて、今日の技術レベルでは難しいのですが、核使用の未然防止のもう一つの方法は、核兵器が着弾する、あるいは、爆発する前に、それらを確実に打ち落とすことです。ミサイル防衛を含む核兵器の無力化も、「核兵器使用禁止条約」を執行する手段の一つと言えましょう(つづく)。

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