週末に長野県に行こうかと思っていました。安曇野と松本城と古本屋さんめぐりと温泉、泊まりたいホテルも決めていたし、空いていたみたいだけど、いつものようにスルーして、いつものようにダラダラ過ごすことになりました。
だから、というわけではありませんが、いつもの奈良公園となりました。でも、何だか無計画だったので、やりたいことというのは十分にはできませんでした。
そのかわり、わかっているのにやはりすごいという印象を焼き付けられて、今もしみじみすごいと思っていたりします。今度、ふたたびお会いしても感動できるかどうか、それが不安ですけど、そういうことってあるみたいです。
何度も何度も感動できるときと、最初はものすごい感動だったのに、2度目はそれほどでもないときもあります。フェルメールちゃんとはそうでした。2度目は、監視されてるように見させられたので、親しく見つめ合うことができませんでした。人との出会いもそういうものかもしれないです。何度も会っているのに、本当の出会いになりきれていないときというのがあるじゃないですか。
人との出会いは、お互いのあうんの呼吸が必要なのです。会いたいと思って会わなければ、通勤電車で毎日顔を合わせる人と同じで、全然関係は何も生まれないのです。
何が言いたいのかというと、薬師寺の月光菩薩さまです。今回奈良国立博物館の特別展「白鳳」の中で、光り輝いていたのが月光菩薩さまでした。他の仏様もおられましたが、やはり美しさ・ありがたさ・大きさ・貫禄のどれをとってもナンバーワンで、これは1人1500円の価値がありました。
薬師寺には今年の2月に行きました。そこでも月光菩薩さまを拝んでいます。もちろんその立派さを感じましたが、他の仏様に気持ちが拡散されてしまって、月光菩薩さまにはちゃんとこちらが向き合えていなかったのだと思いました。ただ、お祈りしてしまって、すごいなあとか、立派だなとか、美しいなあとか思ってはいけない感じで、ただ見上げていましたっけ……。
自分たちが拝んでいた仏様は、彫刻として見たとしてもものすごく立派なもので、もしルーブル美術館に置いてあったとしたら、ルーブルのムーンライトとかなんとか愛称がつけられて、みんなが鑑賞に押し寄せてもいいくらいの、歴史と美しさを兼ね備えた存在でした。
お昼ご飯は、例によって針テラスから柳生への道をたどる途中のハーブクラブでレッドカレーなるものを食べました。おいしかったし、苦手の鶏肉もおいしくいただきましたが、他の人たちが黒米の石窯ピザとか、トーストしたパンまサンドイッチやら、風変わりなスパゲテイとか、まわりを見回すと食べておられて、自分たちもそんなのにしたらよかったと反省したみみっちさが残念です。
また来た時に食べればいいのに、人が食べていると食べたくなるなんて、いやしい証拠ですね。
うちの奥さんもランチにしたので、オーソドックスなお味でした。残念、また今度ですね。
博物館を出たら、雨が降り始めました。てっきり奈良は1日くもりで大丈夫と思って、傘はクルマに置いてきました。そんなことはおかまいなしにシカさんは博物館の芝生を食べています。たまには草も食べたくなるみたいです。いや、本来はこちらが本業ですね。しかせんべいはシカさんたちのサービスでした。あんなサービスしてくれるシカなんて、世界にはいないと思われます。それなりに管理はされているけれど、一応野生のシカなんでしょうね。
雨が激しくなったら、子鹿が鳴いています。お母さんにはぐれてしまったようです。たくさんシカはいるし、人間もゴチャゴチャうるさいし、外国の人もいっぱいだし、外国の人たちはシカと一緒にスマホで写真を撮ろうとしたり、乗っかろうとしたり、そりゃもうムチヤなサービスを要求するんですから、もう大変です。
しばらくお母さんを呼び続け、どうなるのかジーッと私たちは見ていて、人とシカをかきわけてお母さんシカが
「私はここよ」と答え、ちゃんと出会ったのを確認して、安心して動き出しました。
猿沢の池も、五重塔にも雨が降ります。私たちは傘1つに入って、古本屋さんを三軒冷やかして、すぐに帰路につきました。
池では、ハトの水浴びも見ました。いつもはカメに占領されている小さな島がハトが占領しているのが珍しかった。そして、雨も降っているのに、わざわざ水浴びをしているハトを見て、なんだかわからなくなりましたっけ……。
道ばたで見つけたイチョウが紅葉するまで、あと3ヶ月、とにかく秋をしっかりがんばって、また秋にでも来ようと思いました。
何にも買わなかったけれど、とにかくいつものむやみに歩く奈良公園散歩でした。雨が降ってなかったら、奈良町にも行ったんですけどね。それはまた今度ですね。……余裕というのか、エネルギーがすぐなくなっちゃうというのか……。
だから、というわけではありませんが、いつもの奈良公園となりました。でも、何だか無計画だったので、やりたいことというのは十分にはできませんでした。
そのかわり、わかっているのにやはりすごいという印象を焼き付けられて、今もしみじみすごいと思っていたりします。今度、ふたたびお会いしても感動できるかどうか、それが不安ですけど、そういうことってあるみたいです。
何度も何度も感動できるときと、最初はものすごい感動だったのに、2度目はそれほどでもないときもあります。フェルメールちゃんとはそうでした。2度目は、監視されてるように見させられたので、親しく見つめ合うことができませんでした。人との出会いもそういうものかもしれないです。何度も会っているのに、本当の出会いになりきれていないときというのがあるじゃないですか。
人との出会いは、お互いのあうんの呼吸が必要なのです。会いたいと思って会わなければ、通勤電車で毎日顔を合わせる人と同じで、全然関係は何も生まれないのです。
何が言いたいのかというと、薬師寺の月光菩薩さまです。今回奈良国立博物館の特別展「白鳳」の中で、光り輝いていたのが月光菩薩さまでした。他の仏様もおられましたが、やはり美しさ・ありがたさ・大きさ・貫禄のどれをとってもナンバーワンで、これは1人1500円の価値がありました。
薬師寺には今年の2月に行きました。そこでも月光菩薩さまを拝んでいます。もちろんその立派さを感じましたが、他の仏様に気持ちが拡散されてしまって、月光菩薩さまにはちゃんとこちらが向き合えていなかったのだと思いました。ただ、お祈りしてしまって、すごいなあとか、立派だなとか、美しいなあとか思ってはいけない感じで、ただ見上げていましたっけ……。
自分たちが拝んでいた仏様は、彫刻として見たとしてもものすごく立派なもので、もしルーブル美術館に置いてあったとしたら、ルーブルのムーンライトとかなんとか愛称がつけられて、みんなが鑑賞に押し寄せてもいいくらいの、歴史と美しさを兼ね備えた存在でした。
お昼ご飯は、例によって針テラスから柳生への道をたどる途中のハーブクラブでレッドカレーなるものを食べました。おいしかったし、苦手の鶏肉もおいしくいただきましたが、他の人たちが黒米の石窯ピザとか、トーストしたパンまサンドイッチやら、風変わりなスパゲテイとか、まわりを見回すと食べておられて、自分たちもそんなのにしたらよかったと反省したみみっちさが残念です。
また来た時に食べればいいのに、人が食べていると食べたくなるなんて、いやしい証拠ですね。
うちの奥さんもランチにしたので、オーソドックスなお味でした。残念、また今度ですね。
博物館を出たら、雨が降り始めました。てっきり奈良は1日くもりで大丈夫と思って、傘はクルマに置いてきました。そんなことはおかまいなしにシカさんは博物館の芝生を食べています。たまには草も食べたくなるみたいです。いや、本来はこちらが本業ですね。しかせんべいはシカさんたちのサービスでした。あんなサービスしてくれるシカなんて、世界にはいないと思われます。それなりに管理はされているけれど、一応野生のシカなんでしょうね。
雨が激しくなったら、子鹿が鳴いています。お母さんにはぐれてしまったようです。たくさんシカはいるし、人間もゴチャゴチャうるさいし、外国の人もいっぱいだし、外国の人たちはシカと一緒にスマホで写真を撮ろうとしたり、乗っかろうとしたり、そりゃもうムチヤなサービスを要求するんですから、もう大変です。
しばらくお母さんを呼び続け、どうなるのかジーッと私たちは見ていて、人とシカをかきわけてお母さんシカが
「私はここよ」と答え、ちゃんと出会ったのを確認して、安心して動き出しました。
猿沢の池も、五重塔にも雨が降ります。私たちは傘1つに入って、古本屋さんを三軒冷やかして、すぐに帰路につきました。
池では、ハトの水浴びも見ました。いつもはカメに占領されている小さな島がハトが占領しているのが珍しかった。そして、雨も降っているのに、わざわざ水浴びをしているハトを見て、なんだかわからなくなりましたっけ……。
道ばたで見つけたイチョウが紅葉するまで、あと3ヶ月、とにかく秋をしっかりがんばって、また秋にでも来ようと思いました。
何にも買わなかったけれど、とにかくいつものむやみに歩く奈良公園散歩でした。雨が降ってなかったら、奈良町にも行ったんですけどね。それはまた今度ですね。……余裕というのか、エネルギーがすぐなくなっちゃうというのか……。