西方から来た董卓さん(太った人だったそうで、彼のお腹の脂肪はおへそに火をつけられてからずっと燃え続けていたなんて! 最後はかわいそうな人でしたけど)が暗殺されてから、その配下にあった人たちは権力が忘れられず、とっかえひっかえ出てきます。その一番最後の人が張繍(ちょうしょう)という人になるんでしょうか。
張繍さんは一度は権力の中枢にいたので、どのようにして権力を握るのかということをいつも考えていたらしく、新進気鋭で、皇帝を保護している曹操さんに戦いを挑み、その甥っ子・息子・誰よりも頼りにしていた部下の典韋の三人の命を奪います。ということで、曹操さんにとっては許せない敵になります。
けれども、生き延びるためにやがては曹操さんに降参し、服従することになったものの、やがては張繍さん一家は断絶になるみたいで、権力のそばにいたいという願望はみんなが望むことではありますが、何だか恐ろしい。うまく取り入ることができたとしても、そんなに長続きはしなくて、結局はしあわせにならないようです。
そういう後々のことはわからないものですが、それよりも前、まだ曹操さんにはむかってた時代に、張繍さんを曹操さんが攻めようという時のことでした。初夏だったでしょうか。
たくさんの軍隊が動員されますので、田畑が踏み荒らされる可能性がありました。けれども、規律を大事にする曹操さんは、村人たちに畑は絶対に荒らさないと宣言します。
ところが、あろうことか、曹操さんの馬がバランスを崩して、畑を荒らしてしまった。ルールを作った本人がルールに違反してしまった。早速見本を見せようと曹操さんは自分ののど元に刀をつきたてます。そして、「私はルールを破ったので、自らを処分してみせる」と宣言します。
まあ、パフォーマンスもあるでしょうし、誰かが止めに入るというのも織り込み済みかもしれない。当然、部下たちは慌てて言います。
「滅相もない!」
諸将は、愕然として、彼の左右から押しとどめた。
「お待ちください。春秋の語にも、法は尊きに加えずーーとあります。丞相は大軍を統(す)べたまう身、丞相の生死は、軍全体の死活です。われわれが可愛いと思ったら、ご自害はお止まりください」
「ムム、そうか。春秋の時すでにそういう古例があったか。しからば、父の賜(たま)ものたる髪を切って、断罪の義に代え法に服した証(あかし)となそう」
と、わが髪をつかみ、片手の短剣をもって、根元からぶすりと切って、主簿に渡した。
秋霜厳烈(しょうそうげんれつ)!
それを目に見、耳に伝えて、悚然(しょうぜん)、自分を誡(いまし)めない兵はなかった。〈吉川英治『三国志』草莽の巻より〉
「法は尊きに加えず」というのは、権力者にとって都合のいい言葉です。ことわざとは常にセットで、「急がば回れ」「急いては事をし損じる」というゆっくり系のことわざがあるかと思えば、「善は急げ」「早いほうがお得」「早い者勝ち」みたいなせっかち系のことわざもあります。
矛盾しているといえぱ、矛盾かもしれないけれど、ともに合わせ持つから人間ということもあるのでしょうか。
どんなに権力を握っていても「法の下に平等」ということわざもあると思われます。そんなのなかなかないのにね。建前としてあるだけかな。
でも、使い分けとか、アタマの切れ具合で都合よく言葉は使われていきますので、ここでも曹操さんの配下たちはすぐに主君をフォローできた。こういうスタッフがいれば、いろんな時に臨機応変の対応ができるというものです。
そして、進軍していく。
あれ、戦国時代のことばはどうなってるの? ハイ、不勉強です。また、ボチボチやります。三国志読んでて、今ごろそんなブームになってるなんてね!