甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けたらいいんですけど……。

写真や絵などを貼り付けて、二次元の旅をしています。

あちらにいる鬼 2019 井上荒野

2023年06月14日 20時17分42秒 | 本読んであれこれ

 荒野(あれの)さんの「ひどい感じ 父・井上光晴」(2002)というエッセイは読んだことがありました。私は、井上光晴さんという人は、高校の時からずっと好きな作家でしたから、いろんなエピソードを聞かせてもらえるのなら、何だかいいのかなと思って読んだんでした。

 あまり憶えてないけど、お嬢さん(荒野さん)が小説を書く時、お父さんと同じように大学ノートにどんどん書いていき、ある程度の塊になったら、それらを原稿用紙に入れ込んでいく、そういうお父さんと同じスタイルでやっているというのを教えてもらいました。

 そして、お父さんはたくさんの大学ノートのストックがあって、「それ、ちょうだい」とねだると、「ホイ」とくれたというから、お父さんとしても、娘さんが小説を書こうとしているのが、うれしかったんでしょうね。仲間が家の中にいて、その仲間も奮闘して何らかの物語を、自分と同じように作り上げていく、ということに励まされたのだと思います。

 残念ながら、高校1年生の時に『虚構のクレーン』という光晴さんの作品に出会い、いくつか買って読もうとしたり、チャンスがあってたまたま手にしたいくつかの本は、みんなおもしろいと思えなくて、というか、おもしろさがわからなくて、ずっと遠ざかっていた作家さんでした。

 やがて光晴さんは亡くなり、ごく最近になって、光晴さんは、瀬戸内寂聴さんが出家する以前に関係があった、というのを最近になって知りました。寂聴さんがどこかでお話されてたのを聞いたんだったかな。

 そして、寂聴さんが90いくつで、荒野さんもいい年で、荒野さんのお母さんも亡くなったかその前だったかで、どうしても寂聴さんが生きておられる間に描きあげなきゃと書いたのだという気がします。

 映画にもなり、当然私は見てないけど、せっかくだから、本だけは文庫本で買って、昨日ようやく読み終えました。

 少しだけ抜き書きしてみます。

 私はひどく動揺していて、そのことが不思議だった。篤郎(あつろう、これが井上光晴さんをモデルとする小説家)が助からないことはとうにわかっていたのに、それに私は彼の病気がわかる前、彼を捨てようとしていたのではなかったか。どう違うと言うのだろう、別れてもう二度と会わないことと、篤郎が死んでしまうこととは。

 あと二週間――長すぎるくらいだ。そんなに長い間、このうえ篤郎は苦しまなければならないのだから。でも、あとたったの二週間で、篤郎は死ぬ。私の前から消えてしまう。そのことがひどく恐ろしかった。そのあと私はどうなってしまうのか。

 寂聴さんがモデルの「寂光」が語る章と、荒野さんのお母さんが語る「笙子」の章が交互に出てきて、物語は進みます。

 抜き書きしたところは、お医者さんから「あと二週間です」と宣言されて、その気持ちを落ち着かせようとしているところでした。

 長いようで短い、考えてみれば、二週間ずっと苦しみ続けるのはものすごくかわいそうで、親族としては耐えられない。でも、一秒でも長く生きてもらいたいということも思う。その矛盾する時間があと二週間つづくということでした。

 こんな風にして、私たちは家族と向き合う最後の時間をすごしていくものでしたね。

 笙子さんは、こんな女たらしの男とは思わなかった。そうなのだ、というのは知っていた。でも、別れなかった。それがなぜなのか、笙子さんは自問自答するのです。でも、答えは出ません。男と女、不思議な関係があるものでした。それは、私も同じでしたね。

 篤郎が死んだのはその翌々日だった。結局、カメラは入らなかった(井上光晴さんに密着取材した「全身小説家」というドキュメンタリーの取材の人たちも、亡くなる場面は撮れなかった。本人はOKということでしたが……)。娘たちが怒って、やめさせたのだ。呼吸の仕方があきらかに終末のものになり、兄さん、兄さんと登志子さんが泣き叫び、それが号令になったようにチチ、チチ、と娘たちが呼び、蒔子も篤郎さんと声をかけたが、私は黙っていた。黙って、篤郎の呼吸が止まるのを見ていた。篤郎が死んでいきながら、私という人間のほとんどを、持ち去っていくのを感じていた。

 すべてを持ち去ったわけではないと思いますが、笙子さんの大事なものは消えてなくなった。あとは、目に見えないものに語りかけるしか、他に方法はなくなってしまったんでしょう。

 ウンとか、スンとか、そんな返事ではつまらないだろうけど、やはり、ウンとかスンも、とても貴重なのかもしれないし、できれば、それ以上のお話をしなきゃいけないのですね。

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