司馬遼太郎さんとドナルド・キーンさんの対談集『日本人と日本文化』(1972 中央公論)というのを読みました。
今から100年くらい前、司馬遼太郎さんは1922年のお生まれ、D・キーンさんは翌年の1923年生まれでした。そのお二人が、すでに日本とは何か? 日本文化とは? という大きなテーマで、ドラマチックに語るのではなくて、話題にしたいあれこれを一つずつ取り上げて、それぞれの専門のところへ持ってくる感じで話しておられました。
対談をされた1972年あたりだと、司馬さんは『国盗り物語』がNHKの大河ドラマになったこともあって、戦国時代を語る人という役回りでした。ご本人も戦国時代は人々が生き生きしていると語っておられるし、キーンさんは江戸時代の文学を英訳したころで、当時のご専門は江戸、近世文学ということだったようです。
けれども、お二人はいろんな時代について語るタネは持っておられたので、初対面とは思えない感じで、あれこれと話しておられます。
なんですが、日本文化について語ることはできるけれど、それを実際に案内してくださいと言われると、大阪の御堂筋に芭蕉さんの碑があるそうで、それを地元だから司馬さんが案内することになるのですが、なかなか見つけられなかったり、口は達者でも、足は不確かだったりして、そのアンバランスもおかしく、ひととおり読んだ今、内容はかなり私の頭からはこぼれ落ちていますけど、もう一度拾い直して、メモしておかなきゃいけないと思っています。
その中で、キーンさんが話しておられた、私とも重なる部分を抜き出してみます(私の専門は近世文学ということになっていますけど、全くダメダメで、話にならなくて、今さらながらの近世文学ですけど)。
江戸の文学作品を翻訳して感じますことは、はたしてこの作品に普遍性があるだろうか、ということですね。江戸の作品でいちばん普遍性のあるものは、芭蕉でしょう。芭蕉の『奥の細道』や俳句は、外国人が読んでみても、俳句はほとんど完全には翻訳できないものであるにもかかわらず、外国人もだいたい感心します。
『奥の細道』の英訳を読んで感心しないような、教養ある外国人は少ないと思います。しかし、近松になるとまた問題は違ってくるのですよ。要するに特殊な道徳観、倫理観が入ってきて、読書のじゃまになる。むしろもうひとつに素直に人間的な関係が描かれていたら、感激できるのにと残念に思います。
ということなんだそうです。芭蕉さんは普遍性がある。でも、近松は余計な価値観が入り込んできて、人間性・文学性・人の生き方への共感がなくなってしまうみたいです。
そうなのか、近松はローカルヒーローなのかな。
しかし、もっと根本的な問題があります。平安朝の文学の多くの傑作は、女性によって書かれましたね。そして男性が書いたものよりも、女性によって書かれたもののほうが普遍性があると、私は思うのです。女性は外の世界をあまり見ないで、自分の内面を見つめる。そして人間の内面はそんなに変わっていないのです。嫉妬はあらゆる国にあるものだし、恋愛もそうだし、女性が感ずるような感情は、国を問わず、時代を問わず、みな共通だと言ってもいいでしょう。
江戸の文学は、確かに男どもの文学でしたね。世界的には通用しにくいものなんだろうか。ああ、文学って、そんなに男には向いてないものなんだろうか。そうなのか……。