80年代、大学の映画の上映サークルをやっていました。私はチャランポランの映像技師で、もちろん主体性のないホイホイ野郎でした。
サークルの核になる子には、ちゃんとやりたい映画があったみたいで、それが柳町光男監督の「十九歳の地図」でした。たぶん三巻か四巻かあったのだと思います。必死になって切り替えてたり、あまりに機械操作に必死になり過ぎて、作品はよくは憶えてないけど、とにかく私がやらねばなりませんでした。何しろ映写の資格があるのは私だけだったんですから。
原作は中上健次さんでした。和歌山の新宮市から東京に出てきて、何とも言えないもどかしさを感じてた中上さんの原作を取り上げました。柳町さんの長編劇映画の第一作目だったそうです。
柳町さんは、この前に暴走族を取り上げたドキュメンタリーも作ってたから、それも私たちは上映したかもしれません。どれくらいやったのか、正確な記録があってもいいけど、たぶん、私は書いてないだろうから、あやふやな記憶だけで書いています。
中上さんは、映画の主人公と同じように新聞配達をしながら予備校生をやったのか、それとも取材したのか、とにかく、都会の中では底辺を支える若者でした。田舎から都会に出て、冬の受験に立ち向かうため、新聞配達をして、昼間は勉強して、合格したら、晴れて大学生になるという、なれればいいけど、なれなかったら、敗北者として田舎に帰るか、それとも違う道を探すか、スレスレのところを生きていくのでした。
中上さんは、ひょっとしたら、敗北者になってしまって、大学にも行けず、ふるさとにも帰れず、悶々とした日々の中から文学を最後の切り札として使って、どうにかきっかけをつかみ、そのまま問題作を書く作家として生きつづけました。
残念ながら、私は、中上さんの本はいくつか持ってるんですけど、今に至るまで小説は読み切ったことがありません。独特のことばづかいと世界観と、まがまがしい神がかり的な部分もあって、何度か挫折しました。
短くて、わかりやすい作品しか読めない私ですから、まあ、無理なのかもしれないな。
映画でなら、中上健次的な世界について行けそうでしたが、でも、巻き戻したり、切り替えしたり、このセリフが近づいたら、いよいよ次の所と、落ち着いて見られませんでした。何となく技師としての眼でしか見られなかった。
作品は、都会に暮らす予備校生が毎朝新聞を配る街で、走りながら、いろんな人々の生きている姿を見る。あまりステキな大人たちは出てこなくて、みんな下品で、意地汚く、貧乏で、みじめったらしい生活をしています。
とてもあこがれの東京とはいえなくて、どうしてこんな思いまでして東京に住んでるんだろうという、疑問の方が強くて、若者は、こんな街なんて消えてなくなればいいし、あのガスタンクが爆発したら、みんな街ごと吹っ飛ぶだろうなんていう変てこな妄想を抱いてしまいます。
若者の中で、妄想はどんどん広がり、自分だけで空想している分には他人に迷惑はかからないのに、とうとう予告電話までしてしまう。それをしたら、犯罪なんですけど、それによって捕まってしまうとか、そういう結末ではなかったと思うんだけど、彼の心の中では自分の住む街が消滅するのがずっと見えつつも、仕方なくまた朝には新聞を配る、そんな形で終わったんだったかな。
三、四回は見たはずなんだけど、記憶はないですね。
そして、この監督さん、私たちにやるせない思いだけを与えて、それで終わりでいいのかよ、とか何とか思ったのかなぁ。
夢と希望と元気を与えるだけが映画ではない。というのを学びました。
暗い気持ちも受け止めました。むくわれない青春というのも知りました。でも、自分とは別世界のことと切り離して考えていました。
(後々、このやるせない、むくわれない、世間に対してすねていて、復讐してやるんだという思いは自分の中にあったというのを知ることになりますが、当時はただの劇映画としてしか見えてなかった。よそのお話だったんです)。
そして、40年ほどの歳月が過ぎて、私は世の中に対して、反抗する気持ちなんか持ってなくて、せいぜい世の中に受け入れられたいと素直に思うオッサンになりました。
ところが、世の中というものは、40年前と同じように、私みたいな存在なんか相手にしていないし、なるようになっていくもののようです。
何にも変わっていなかった。私は何にも知ってなかった。ちゃんと中上さんも、柳町さんも教えてくれてたのに、二十歳そこそこの私はボンヤリしていただけでした。
私はもう一度、貧乏で、報われなくて、世の中から相手にされてなくて、それでも世の中に働きかけたくて、暗中模索していたころに戻されている気がします。
昔よりも、足腰はダメになってるけど、少しは知恵もついただろうに、あんまりうまくやれてない気がします。
その友だちが「熊野に行くから!」と言ってくれてから、もう1年経ったのかなあ。何かできるんでしょうか。どんな知恵があるんでしょうか。知恵を出し合いたいところかな……。
「バツ、ひとつ」
田舎モンには刺激的なセリフでした。