今、日本中がコロナで大騒ぎして、松阪市でも感染者が二人目が出たというし、本当に大変で、それらのニュースを見聞きしただけで、何かをやろうという気力が失われていきます。本当なら、どこか遠いところに行きたいんだけど、よそ者を受け入れてくれるところは、どこにもありません。
仕方がないから、2010年の正月に餘部鉄橋を見に行った写真を貼り付けることにしました。たまたま停車した駅で撮った木の写真、これを見ただけでも、少しだけ落ち着いた気分になれないかな。
これはボクが乗った車両です。発車しないのは、鉄橋の手前で、風が収まるまで発車の指示が出ないので、ずっと10分以上待機させられていたからでした。
ボクが写真を撮って、これから餘部の町でも見てみようか、としてても、キコキコキコ待機させられている音がしていました。こんなものかと思ってたけど、やはり過去に事故もあったことだし、風は侮れない雰囲気でした。
駅の上からは、それなりに海が荒れているのが見えました。アドレナリンが出てたのか、寒さは感じなかった。風もあったと思うけど、空には青いところも見えるし、まあまあの天気と感じられたのです。
橋を見たら、城崎でお風呂に入り、そこから大阪までこの日のうちに帰るという計画だったので、とにかく、次の電車がくるまでに、鉄橋の写真を撮り、町を歩き、味わいつくさねばなりませんでした。
事前に行きたいところのチェックなんてしてなくて、出たとこ勝負で来ているので、とにかく歩かせてもらえるところを歩くしかないのでした。
駅の坂を下りる途中で、やっと橋にご対面です。これは挨拶の写真かな。
町から見上げると、こんな感じで、狭い地域の、谷間がそのまま海までつながったところに橋が架かっていました。もっと山が深くて、谷が氷河に削られてたら、フィヨルドになるところでしたけど、そこまで深い谷ではありませんでした。
でも、日本海側の海沿いの町、という感じはします。いかにも田んぼとかはなくて、漁業その他で生きている人がいそうな感じです。
とはいっても、お正月の3日の朝でしたから、誰も歩いている人なんていません。鉄道オタクの変なオッサンと、道路を走り抜けていくクルマたちしかいません。歩いているヤツがアホなのです!
かなり待たされた豊岡行きがやっと出て行って、ボクがさっきまで乗っていた電車が、あこがれの鉄橋を走り抜けていきました。
ああ、冬です。お正月です。どうして誰も歩いていない、無人の町みたいなところにボクはいるんでしょう。
もちろん、この鉄橋を見るためでした。
だったら、いろんな角度から、高さから、橋を見させてもらわなくてはなりません。
とりあえず、海の方まで歩いてみたのかな。
どんどん町から離れていくけれど、橋の全体が見えました。この海のそばに、この鉄の橋です。どうして人間って、そんなことを考えるんだろう。
ムダだし、危ないし、怖いじゃありませんか。
こんなふうに作ったらしい。よくもまあ、作ったもんだ。経済優先・効率優先の世の中なら、コンクリート橋になりますね。耐用年数も上がるかもしれない。
でも、何十年も鉄橋を人々は守り続けて来たらしい。
人間って、わからくなるし、いじらしくなるし、かわいらしいところもある生物です。とんでもないこともいっぱいするけど、不思議な、おかしなこともする。
それで、オタクたちは、そういう人間たちの足跡をたどりたくて、これまた変てこなエネルギーを浪費していくらしい。ボクは、この浪費グループに入っているらしい。ちっともクリエイティブではないんですね。ただの人間の足跡フォロワーなんだ。
何かつまらないけど、それも人間の生き方なのかな。いつかクリエイティブ側になりたいんだけど。