自分の文章を読んでいれば分かるとは思うが・・・
基本、「自分が自分が」なタイプで、ひとの話を聞かないということはないものの、呑み会などでは喋くりたおす傾向にある。
周りもそういう風に解釈しているものだから、きょうは聞く側でいこう―と思って黙っていると、「調子悪いの?」なんて突っ込まれてしまうアリサマなのだった。
そんなヤツが業界のインタビューをやっているというのも、不思議な話である。
けっして聞き上手ではないのに。
自分の仕事の内訳を大雑把にいうと、
AVレビュー・コラム、AV撮影現場取材、AV女優インタビュー、格闘技取材、格闘家インタビュー、映画レビュー・コラムなどなど。
下火になりかけていたとはいえ、数年前は格闘技の取材がいちばん多かった。
現在は5割以上がAV関連で、まぁ好きな業界であるし、この世界の裏側を知っていくのは楽しい。
コラム執筆は得意だと自負するところはあるが、インタビューは苦手とはいわないが得意だとも思えない。
マニュアルに頼った「通り一遍」のインタビューでいいのであればもちろん出来る、けれどもそれは、クソがつくほど面白くないし。
ひとの話を聞く姿勢であったり、対象者から信頼されることであったり、ドキッとさせるような「返し」が咄嗟に出せたり・・・分かり難い世界ではあるが、やっぱり才能というものが必要なんだ。
この世界で突出した存在といえば、やはり吉田豪になるだろう。
格闘技が好きだったりチャリダーであったりと共通点の多いひとだが、対象者が呆れるほどの徹底した事前取材に臨む姿を間近で見て―そう、実際に見たことがある―比較するのは失礼にあたると思ったのだった。
ただ数をこなすことによって、AV女優へのインタビューだけは「少しは」巧くなったと思う。
これから新作をリリースする子であるからして、彼女らは「売り」になるようなことばだけを用意して待っている。
そういう面白くもなんともない内容から「逸らす」ためには、まずはこっちがハダカにならなければならない。
だから自分は、自分がいかに愛すべき? ヘンタイなのかを吐露するという形で自己紹介をする。
くだらなくて恥ずかしいエピソードを話すうちに、彼女の顔から営業スマイルが消え・・・という展開になれば、そこそこの内容を引き出せるようになる、、、って結局、インタビューなのに「自分が自分が」という姿勢なのかよって話だ。
まぁこれもテクニックといえば、テクニックなんじゃないだろうか。
けっして器用ではないけれど。
さて。
映画のなかのインタビューで、記憶に残るものはなんだろう。
ドキュメンタリーを除いて。
真っ先に浮かぶのは、タイトルがすでにそれを表現している『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(94…トップ画像)だろう。
ブラピ健闘、選曲センスもさすがの佳作であったが、あのオチは意外性というより「待ってました!」な感があった。
インタビューと似て非なるシーンは多い。
刑事や探偵、記者による「聞き取り」「聞き込み」である。
古くは『市民ケーン』(41)だとか、テレビの報道特集のように展開する『誘う女』(95)だとか。
そういうものもひっくるめて、個人的に最も印象的なインタビューは『マグノリア』(99)のトム・クルーズである。
キャリア詐称の事実をインタビュアーに突きつけられる。そのときの彼の表情、「間」が素晴らしいと思った。
「―なぜ黙っているの?」
「・・・」
「事実と認めるのね」
「・・・」
「どうなの?」
「・・・待ってくれ。いま、君に審判をくだすから」
追い込まれた彼の、精一杯のあがき。
それは悪あがきと呼ばれるものかもしれないが、ここにはインタビューの醍醐味と恐ろしさ、その両方が詰まっているような気がするのだ。
…………………………………………
本館『「はったり」で、いこうぜ!!』
前ブログのコラムを完全保存『macky’s hole』
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明日のコラムは・・・
『にっかつへの愛憎―いや「憎」は、ほぼなしかな。』
基本、「自分が自分が」なタイプで、ひとの話を聞かないということはないものの、呑み会などでは喋くりたおす傾向にある。
周りもそういう風に解釈しているものだから、きょうは聞く側でいこう―と思って黙っていると、「調子悪いの?」なんて突っ込まれてしまうアリサマなのだった。
そんなヤツが業界のインタビューをやっているというのも、不思議な話である。
けっして聞き上手ではないのに。
自分の仕事の内訳を大雑把にいうと、
AVレビュー・コラム、AV撮影現場取材、AV女優インタビュー、格闘技取材、格闘家インタビュー、映画レビュー・コラムなどなど。
下火になりかけていたとはいえ、数年前は格闘技の取材がいちばん多かった。
現在は5割以上がAV関連で、まぁ好きな業界であるし、この世界の裏側を知っていくのは楽しい。
コラム執筆は得意だと自負するところはあるが、インタビューは苦手とはいわないが得意だとも思えない。
マニュアルに頼った「通り一遍」のインタビューでいいのであればもちろん出来る、けれどもそれは、クソがつくほど面白くないし。
ひとの話を聞く姿勢であったり、対象者から信頼されることであったり、ドキッとさせるような「返し」が咄嗟に出せたり・・・分かり難い世界ではあるが、やっぱり才能というものが必要なんだ。
この世界で突出した存在といえば、やはり吉田豪になるだろう。
格闘技が好きだったりチャリダーであったりと共通点の多いひとだが、対象者が呆れるほどの徹底した事前取材に臨む姿を間近で見て―そう、実際に見たことがある―比較するのは失礼にあたると思ったのだった。
ただ数をこなすことによって、AV女優へのインタビューだけは「少しは」巧くなったと思う。
これから新作をリリースする子であるからして、彼女らは「売り」になるようなことばだけを用意して待っている。
そういう面白くもなんともない内容から「逸らす」ためには、まずはこっちがハダカにならなければならない。
だから自分は、自分がいかに愛すべき? ヘンタイなのかを吐露するという形で自己紹介をする。
くだらなくて恥ずかしいエピソードを話すうちに、彼女の顔から営業スマイルが消え・・・という展開になれば、そこそこの内容を引き出せるようになる、、、って結局、インタビューなのに「自分が自分が」という姿勢なのかよって話だ。
まぁこれもテクニックといえば、テクニックなんじゃないだろうか。
けっして器用ではないけれど。
さて。
映画のなかのインタビューで、記憶に残るものはなんだろう。
ドキュメンタリーを除いて。
真っ先に浮かぶのは、タイトルがすでにそれを表現している『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(94…トップ画像)だろう。
ブラピ健闘、選曲センスもさすがの佳作であったが、あのオチは意外性というより「待ってました!」な感があった。
インタビューと似て非なるシーンは多い。
刑事や探偵、記者による「聞き取り」「聞き込み」である。
古くは『市民ケーン』(41)だとか、テレビの報道特集のように展開する『誘う女』(95)だとか。
そういうものもひっくるめて、個人的に最も印象的なインタビューは『マグノリア』(99)のトム・クルーズである。
キャリア詐称の事実をインタビュアーに突きつけられる。そのときの彼の表情、「間」が素晴らしいと思った。
「―なぜ黙っているの?」
「・・・」
「事実と認めるのね」
「・・・」
「どうなの?」
「・・・待ってくれ。いま、君に審判をくだすから」
追い込まれた彼の、精一杯のあがき。
それは悪あがきと呼ばれるものかもしれないが、ここにはインタビューの醍醐味と恐ろしさ、その両方が詰まっているような気がするのだ。
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明日のコラムは・・・
『にっかつへの愛憎―いや「憎」は、ほぼなしかな。』