「終わっちゃった。」
そう呟いたら、ひとりでに涙が零れ落ちた。
おはようございます。
それは大型連休のことじゃない。
もちろん来週の月曜日も、
「連休終わっちゃった。」と呟いてさめざめと泣くに違いないのだけれど。
泣こうが足掻こうが、何事も終わりはやって来る。
しみったれた記事を書くのも、そろそろ終わらせなければならない。
ただ、あくまで記録として書き残したいことがある。
昨日で、全て終わったということだ。
5月から借りていたアパートの一室を、管理会社へ返した。
手続きの書類に『退室する理由』という項目があり、
私がどう書こうか悩んでいた時、
部屋の状態をあちこち調べていた管理会社の社員が、
「ほとんど、使っておられなかったようですね。」
と声を掛けてきた。
私は書類から目を離して、
「本当は保護した猫と暮らすつもりでしたが、
その猫をここへ移す前に死んでしまったんです。」
と説明をした。
チャー坊との二人きりの暮らしは、夢のままで終わった。
私は、それでよかったと思っている。
チャー坊はどう思っていたか分からないけれど、
頑固ジジィの観察眼に見守られ、
どういう訳か、気の合うボケたババァとの暮らしは、
私からみれば、馴染んでいるように見えた。
チャー坊でなければ、ああはならなかったと思う。
頑固ジジィは結局、最後までチャー坊を触らなかったし、
チャー坊も触らせようとはしなかった。
ジジィは、
「俺はいつか、そうだなぁ・・・。
2年後には俺にべったりな、もうなんなら布団で一緒に寝るくらいの
関係にしてみせる!」
と野望を抱いていたが、チャー坊は、
「僕とジジィは、ライバルだから!」
と言いたげだった。
そのくせ、チャー坊は腹が空く時に限って、ジジィにご飯をねだるという、
かなりチャッカリした行動に出ていた。
いつも小皿に何某かを盛って差し出してくれるババァにではなく、
本当に何か食べたい時は、かならずジジィに向かう。
ババァは、自分が食べて美味いと思った時、チャー坊に、
「お前も食うか?」
と自分の食べ物を小皿に盛って差し出していたが、
豆菓子や煎餅、ホウレン草のお浸しは、チャー坊の好みでは無かったらしい。
それでもチャー坊は、ババァから差し出される小皿には口を付けないまま、
「うん、ババァありがとう。」
と言わんばかりに、ババァに自身の体を触らせてやっていた。
そんな時、ジジィは決まって、見ないふりをしていた。
背中を向け、ババァへの対抗心と野望をメラメラと燃やしていたのだろう。
クーラーの利いた涼しい部屋であっても、
チャー坊が
「外を見たい。」
と言えば、頑固なジジィでも、ボケたババァでも、
クーラーを掛けたまま、迷わず窓を開けてやっていた。
ババァは時々、網戸も開けてしまっていたが、
チャー坊は決して、外へ出ようとはしなかった。
そのくせ、よく玄関前に陣取っていた。
それを聞いた私は、
「外へ出ないように気を付けて欲しい。」
とジジィにお願いしたが、ジジィは大丈夫だと笑った。
「こいつは、お前を待っとるんだ。
とにかく、こいつはお前のことばっかり考えとる。
そりゃもう憎らしいくらい、お前のことばっかりだ。」
ジジィは、私に対しては負けを認めていたようだった。
野望は消えなかっただろうけれど。
だから、アパートを使わなかったのは、良かったと思える。
時々、様子を見に行っていただけの一室だから、
何の思い入れもなかった。
ただただ、家賃がドブに流れていくだけだったはずなのに、
それがようやく終わった途端、
「終わっちゃった。」
と呟いたら、どうしようもなく淋しくなった。
とっくに逝ってしまっているのに、
その時ようやく、チャー坊はもう居ないという事実に直面した気がした。
どれだけ泣いても、チャー坊に会えば、それが救いだった。
どれだけ病に苦しむチャー坊であっても、生きてさえいれば救われた。
けれど今、どれだけ泣いても、もう救いはない。
終わっちゃったんだ。
自分の涙は、いつか、自分で終わらせなければならない。
ただ、私は知っている。
泣けば泣くほど、どれほどの幸せを味わったかを思い知らされる。
この涙は、悲劇じゃない。
幸福の証なのだということを、私は知っている。
どうしようもなく愛しいと思えた時、
人間は涙を流す生き物なのだ。