去年の8月から始まった、
『メッシュパネルを、段階を踏んで組み立てながら、その中で、ご飯を食べてもらう作戦』
が、完成するまでに半年と記したが、
それはマアコの問題だけではなかった。
おはようございます。
私の組み立てスピードが遅かったせいだ。
サクサクと組み立てて行けば、3か月で完了したのかもしれない。
しかし、私はケージで捕獲が成功さえすればいいと考えていなかった。
これは、7段階目クリアした時。
底→横1枚(右)→横1枚(左)→前→横2枚め(右)→横2枚目(左)
→上1枚目
マアコは私と出会うまでに、どこでどう生きて来たのか、分からない猫だった。
情報網を張り巡らせている猫ボランティアのSさんでさえ、
「マアコちゃんが、どこの誰にご飯を貰っているのか、分からないんです。
餌場も、いくつかあるんですが、そこでの目撃情報もありませんし。」
と首を傾げた。
マアコは、この界隈の一斉TNRの際、捕獲機に引っかかり、
その時、乳房を見て出産直後だと分かり、避妊手術をせずリターンされたことで、
ボランティア団体はマアコの追跡を始めた訳だが、情報はほとんど得られない。
だからといって、飼い猫である可能性は考えられない。
人間を極度に恐れ、警戒している。
とはいえ、猫の狩りは成功率3割と聞くが、狩りだけで生きて来たとも思えない。
謎が多い野良猫だ。
そんな野良猫が、弊社の車庫内に子猫を匿うようになった。
運送会社には、隠しやすい場所が多いせいか、珍しい事ではないが、
私は、チャー坊のことがきっかけで知り合った猫ボランティアのSさんから、
マアコのことを聞いていた。
それに加え、弊社のドライバーから、
「あの白黒が、チャー坊を連れて来たんだよ。」
と聞かされ、それ以来気になっていた。
そんな訳で、私はマアコの餌付けを始めることとなった。
マアコには避妊を、子猫は出来る限り保護だ。
子猫の存在のおかげで、マアコの餌付けは徐々に定着していった。
それにつれ、私は、
「せっかく、この会社で定期的にご飯が食べられるようになったのに、
怖い痛い思いをさせたら、ここへも来なくなってしまうのじゃないか。」
という不安が浮かび上がって来た。
臓器を一つ、いや卵巣と子宮の二つを奪う。
それと同時に、マアコを裏切ることになるなんて、いやだ。
Sさんも、
「マアコちゃんのようなタイプはTNR後、戻って来ないかもしれません。」
と言う。
だったら、少しでもマアコと信頼関係を築くことはできないだろうか。
そう考え、ケージ作戦と同時に本気の餌付けが始まった。
捕獲まで、少しでも人に馴れてもらい、
捕獲方法も、出来る限りマアコに恐怖を与えないことが目的だ。
親睦を深めるためブラッシングしてやろうとブラシを伸ばして、
思いっきりシャーっと激怒する直前のマアコ。
私は正直、マアコに触れられるようになるとは思いもしていなかった。
せめて、至近距離でご飯が食べられるようになれば、と望んでいたが、
マアコは私に触れることを許すようになった。
これには驚いた。
嬉しい、やったぜ!そう思う心の片隅がちくんと痛んだ。
「まあ、人間の手も悪くないわね」と思うようになってきたマアコ。
その後、ケージ組み立てとマアコの餌付けは順調にのんびり進んだが、
去年の秋の出産を機に、マアコとの約束のため、私はデッカを保護しないと決めた。
そのおかげか、マアコとの距離がさらにぐっと縮まった気がした。
ご飯を用意していると、決まってマアコは私に体をすり寄せてくるようになり、
食後は、デッカを私に預けて、独りで散歩へ出かけるようになった。
「留守番中は、豚ゴリラと遊ぶんだ。」なデッカ。
子猫ってのは、みんな、私を豚ゴリラと呼ぶのだな。
私は、マアコの子育てを手伝いながら、
そろそろだと思った。
これ以上伸ばすと、マアコが発情期に入ってしまう。
そう考えると、擦り寄るマアコの感触が、私の心の片隅の痛みを、さらに強くさせた。
その痛みを誤魔化すように、私は唱え続けた。
「マアコ、手術後も、戻って来るんだよ。約束よ。」
これまでに約束ばかりマアコに強いてきたが、
私はまた、マアコに約束を押し付けた。
そして、ついに1月17日となった。
この日は大安だ。
会社に向かう車中、私は祈っていた。
「マアコが現れませんように」
苦節半年、避妊させるために頑張って来たくせに、私の祈りはそれだった。
己で、己の計画をぶち壊す祈りだ。
しかし、マアコはデッカと共に現れた。
というか、すでにケージの前で待っていた。
「マアコ、どうして来ちゃったのさ。
いいかい、これから私はお前を捕まえるぞ!
怖い思いするんだぞ!いいか?いいのか?どうなんだい?」
なぜか、なかやなきんに君の口調だ。
こんな日に限って、車庫前の人の往来が多い。
さらに、声を掛けながら車庫に入ってこようとする社員がいて、
私は思わず、
「来ないで!」
と叫んでしまい、
そのせいで、デッカは警戒して物陰に隠れてしまった。
マアコも、いつもとは違い、警戒している。
そりゃ当然だ。
紙皿に少量のチュールだけを入れるなんて、この日が初めてだし、
それ以上に、私の手がぶるぶる震えている。
マアコは一旦、ケージから離れてしまった。
「ダメかも・・・」
と諦めかけたが、マアコは意を決するようにケージに入った。
私は、マアコがチュールを完食するまで待ち、
そっと扉を閉めた。
すぐさま、布でケージを覆い、
ペットシーツで底を養生した後、
手土産みたいに、大きな布でケージを包んだ。
無言で素早く、ここまで完成。
怖い思いをさせている最中、私の声を聞くことで、
マアコの脳裏で恐怖と私とが紐づけされないよう、ひたすら無言。
その後、熟女さんの運転で、動物病院へ向かった。
車中も、当然、無言を貫く私に、
なぜか熟女さんもつられて、小声だった。
「私、お腹が痛いんだけど」
熟女さんは、こんな日に限って腹を下していた。
「マアコ、必ず戻って来るんだぞ。」
診察台にケージを置き、私は祈りながら診察室を出た。
その時、熟女さんは、トイレへ駈け込んでいた。
続く