ひときわ寒い、ある朝の事だった。
会社に向かうため、通り慣れた道を運転していると、
その道の脇に、うずくまる1匹の猫を見つけた。
私は少しだけ減速して、その猫の様子を伺いながら通り過ぎたが、
これは、生きているかもしれない。
そう思い、ハンドルを大きく切って、来た道を戻り、
邪魔にならない場所に車を停めた。
走り寄って、覗き込んでみると、
とても大きな体だったが、目立った傷は見当たらない。
しかし、顔の損傷が激しい。
一応、声を掛けてみるが、
ピクリとも動かない。
脇腹の辺りに触れてみるが、
命ある温もりと柔らかさを、感じない。
ダメだと分かり、
せめて、これ以上轢かれないように運ぼうと思ったが、
激しく損傷した顔を目の当たりにして、
私は、両手が素直に出せずに、立ち尽くしていた。
しばらくすると、
丁度、その道の真ん前にある一軒家の玄関のドアが開き、
独りの老婦人が、ゴミの入ったゴミ袋を重たそうに持って出てきた。
その老婦人は、私に気づいて、ハッと驚いた顔をしたので、
バツが悪く感じた私は、困ったような顔で軽く会釈をして見せた。
すると、老婦人は、持っていたゴミ袋を無造作に置き、
こちらへ足早に向かってくる。
私は、その思わぬ行動に、身を固くした。
老婦人は、猫を見て、独り言のように話し始める。
「あぁ、そうか、こいつか。
野良だからアレなんけど、でっかい図体だから・・・
間違いない、こいつだわ。」
可哀そうで、どうにかしてやりたいと思うんですが?と言ってみた。
すると、老婦人は厳しい表情で、
「あとは、私が片づけとくから、もういいです。
仕方ないんだから。
もういいですから、行って下さい。」
と言い、手振りを加えて、早く行くようにと、私を急かした。
私は、その言動に、少し違和感を覚えたが、
小走りで、停めてある車へと向かった。
その途中、
置き去りのゴミ袋を横目に見たら、
半透明のゴミ袋の中には、
見覚えのあるメーカーの猫用フードのパッケージが、たくさん詰まっていた。
もしやと思い、振り返ってみたら、
老婦人は、猫の亡骸を、大事そうに両手でゆっくり抱き上げていた。
それで、すべてが分かり、同時にゾッとした。
老婦人が世話をしていた猫を、私が轢いたと誤解されているのでは?と。
これはいけないと思い、彼女の元へ引き返そうとすると、
猫を抱いた老婦人は、首を振りながら、何か言っている。
距離が少し離れていて、聞こえはしなかったが、
おそらく「もう、いいから。」と言ったのだろう。
その顔は、先ほど見せた顔とは全く違い、
とても優しくて、切なげで、
だから私は、何も言えず、その場で頭を下げ、車へと向かった。
とうとう誤解は解けなかったが、
そんな真実は、どうでもいいと思えた。
轢いた当人は、
走り去るより、車を停めた方がいい。
さらに可哀そうにと心を痛めていれば、
愛する人にとって、せめてもの幸いだろう。
そして、
愛された猫は、愛する人の手によって弔われた。
誤解が生んだ、このひと時が、
真実となればいい。
そう思えたのだった。
おたま「ほんとは、そっちがオラの場所なんだぞ」
おたま「退いてよ」
あや「やだ!」
おたま「ほんとは、オラのなのに」
よね「ちょっと待って」
よね「じゃ、私の場所は?」
そうねそうね、
おたまの居る場所こそが、
よねの場所なんだよね。