まさかの坂は、
まさか!っと言うくらいだから、突然なのだ。
おはようございます。
まさか、6月?まさか、まさか・・・
突然、6月になったような気がするのは、私だけ?
6月に相応しい、しっとりした、おたまさんです。
6月になったのに、5月の話をしよう。
5月に入り、我が家は突然、揺れた。
酷い騒音と振動に、私も猫達も震えあがった。
何ごとかと上階へ向かってみると、
母と息子と娘のいる家族が引っ越してきていた。
建物を揺らしているのは、12、3歳の娘だった。
枝みたいに細い手足の少女だ。
知的障害のある子だった。
床を踏み鳴らす音、高い所から飛び降りるような音、
床を餅つきの杵レベルの何かで、叩き壊しているかのような音、
とにかく、建物が揺れるほどの音なのだ。
ここは4階建ての鉄筋コンクリートのマンションだ。
その頑丈な骨組みが震える。
母親は、
「体で感情を表現するしかできない子なんです。」
と言った。
娘の話をし出すと、とたんに涙が溢れてしまう様子だ。
相当、きつそうだった。
私は、改善してくれとは、とても言えなかった。
「そういうことなんですね。いや、何事かと思っただけで。
うん、わかりました。事情が分かれば、全然・・・大丈夫です!」
咄嗟に、大丈夫と言ってしまった。
そこへ母親は、もう一つ、ぶっこんで来た。
「実は、もう一つ、ブラックな情報が・・・。
私、ピアノも弾くんですが、いいでしょうか?
時間は守りますので。」
こうなると、ピアノは癒しに感じだ私は、
「あら、ピアノ?素敵じゃないですか。」
とも言ってしまった。
あれから1か月、娘は盛大に騒音を出し、
母親は、ピアノで美しい旋律を奏でながら、時々、とちる。
「気になる・・・激しく気になる!」
娘は、この酷い騒音を、
あの枝みたいな手足で発生させているのかと思うと、
あの子は、痛くないのだろうかと気になるし、
母親のピアノは、いっつも、ノッてきたところで、とちる。
私は、この半生で、それなりの『まさか』を
登ったり下ったりしてきたが、騒音で悩まされたことはなかった。
これが、案外、ボディーブローのように心身を蝕むとは
まったく『まさか』だった。
肩こり、めまい、動悸と悪夢が始まった。
更年期の症状と似ているが、これは騒音のジャブのせいだ。
そうなはずだし、きっとそうだ。
毎晩、あらゆる悪夢を見ている。
決まった法則の悪夢だ。
なにかが崩れる、壊れる、そういった法則の悪夢だ。
「頭が、ぶっ壊れそうだ」った。
それ以上に、猫達が心配だった。
猫は、音に敏感な生き物だ。
猫達が、ストレスを過剰に感じているかと思うと、
こっちの「頭がぶっ壊れそう」だ。
私は、急いで物件を探し始めた。
「どうせなら、出来る限りの借金して、一軒家買っちゃうか?」
と企んだりした。
「少なくとも、猫達が極楽へ行くまで守れればいい。
その後は、返済できなくなったら、夜逃げしてもいいやんね。」
とも企んだ。
相当、頭がぶっ壊れていたのだろう。
そんなある休日の昼下がり、あり得ないくらいの静けさを感じた。
上の階の娘は、平日も休日も、昼間は留守にしているからだ。
「なんて、静かなんだ」
空は晴れている。青い空を見たのは、久しぶりだ。
「これなら、悪夢は見ない気がする」
幸福な昼寝が出来るに違いない。
と、その時
ウウィーーーン、ウウ、ウウウウィーーーーン。
「なんだ、この音は?」
天井から機械音が響いてくる。
私は神経を集中させて、想像をした。もはや妄想に近い。
「分かった!これ、ルンバやー!!」
お掃除ロボット、ルンバだ。
「上階の家は、留守でも音を出すのか?!」
上階の住民は、いつでも、何某かの音が出る。
しかも、ルンバの働きぶりが涙ものだ。すごく働いている。
真剣な面持ちのルンバが、脳裏に浮かぶ。
「ぐふ・・・ぐふふふ・・・ひっひっひっひ」
私は、腹の底から押し上げて来る笑いに勝てなくなった。
「恐ろしい家族だ!」
そして、これは不思議なのだが、愛おしいと感じた。感じてしまった。
面白いというのは、愛おしいと似ている。
私は、その時、そう気づいた。
ここは、開発から、ぽつんと取り残された、老朽化が進むマンションだ。
辺りは、新品建物ばかりになった。
昭和の建物は、きっと、ここだけだ。
道のどん詰まりにある、昭和のマンションは、
遠くから眺めると、最果ての廃墟を思わせる。
けれど、敷地に入れば、
耳の遠いモリタさんが育てた、沢山の花々が揺れている。
だからって、モリタさんの背後から挨拶してはダメだ。
耳が遠いから。
風に乗って、聞いたことの無い鳥の声も聞こえてくる。
南の国から来たような、種類はわからないけど、
美しい声の鳥だ。甲高くて、しつこく鳴く。
実はけっこう、気が強い気がする、その鳥は、
このマンションの誰かの部屋で暮らしている。
きっと、あの人の鳥だ。きっとそうだっと見当は付いている。
いつも、色鮮やかな鳥のイラストのトートバッグを持っている、女の人だ。
間違いない!たぶん。
近所にも、謎の人物がいる。
そのおじいさんは、新品の一軒家に住んでいるのに、
どういう訳か、いつも外でラジオを聞きながら座ってる。
いつ、家に入っているんだろう?って不思議だ。
大雨の日に新品の家の前で靴を洗っていた時は、
声も掛けられないかった。謎過ぎて面白い。
私は、
「ここは、まるで、最果てのサンクチュアリだ。」と思っている。
騒音娘や母親にも、いつか、
そんなことを教えてあげられたらいいなと、ルンバを聞きながら笑えて来た。
あの家族にとっても、サンクチュアリになったらいいな。
と、静かに祈る。
そういえば、我が家にも、恐ろしい娘がいたっけな。
あや「おばちゃ~ん」
今ね、カレンダーの撮影してんだから!
あや「おばおば、おばちゃ~ん」
ルンバか!?
あや「おばちゃんってば~」
重い!
猫達は、上階からの音には、慣れちゃったみたいだが、
あやの出す爆音には、慣れてないようだ。
なんだ、うちの方が、酷いんじゃん?