今日から、
違う車に乗って行こうかしらん?
おはようございます。
母さんの大事な、爽やかな緑色の車で、
仕事に行こうかしら?
実は、母さんはいまだに、たまに運転をしていた。
明らかな認知症の症状が出ていたのに、
私と父さんは、運転する母さんを止めきれなかった。
これは明らかに、危険な行為だと認識していた。
「もう、乗っちゃダメだ」と言うと、
母さんは烈火のごとく怒り、手が付けられなくなる。
「だったら、わし、もう死ぬ!」と体を震わせる母さんは、
まるでモンスターみたいで、
母さんがどうにかなってしまいそうで、怖くなり、
そして、どうしようもなく心が痛んだ。
ならばと、私は父さんに、
「私が、こそっと車の鍵を盗んだろうと思う。
父さんは、知らんの一点張りで行こう!」
と提案したが、元来嘘のつけない父さんは、それを拒んだ。
「そんなこと、俺はできん。」と言った。
父さんは、母さんを騙すことは出来ない。
それも、無理やり取り上げるのと同じくらい、心が痛むのだろう。
当の母さんは、土日は決して車に乗らない。
私が見張っていると勘付いているからだ。
そんな昨日、
私は母さんの粗相した毛布をコインランドリーで洗ったついでに、
母さんを説得した。
「カズコさん、もう車には乗ったらあかん。」と。
ちなみに、母さんの名誉のため記するが、
粗相したというのは、認知症のせいではない。
前夜、酒を飲み過ぎて泥酔して、布団の上で脱糞したせいだ。
母さんは、そのまま床に倒れ込んでいたことで、
父さんから救助要請が入ったのだ。
もはや、事件現場だ!
パジャマを脱がせ、尻を拭き、悲劇が繰り返されぬよう、
泥酔状態の母さんに、オムツを履かせた。
「カズコさん、オムツ履いたで、
もう安心して、出したいだけ出しなさいよ~」と言うと、
母さんは、
「わし、オムツ履いとるんか?
初めて履いたわ~ぎゃっはっはっはっは~」と大うけだった。
大うけなら、万々歳だと安堵して、
汚れた毛布を預かり、翌朝、コインランドリーへ行ってきたという訳だ。
「わしは80年以上、
事故なんてしたこと、一度もないんや!」
母さんは、いつものように拒んだ。
「事故は、誰にだって突然、起こるもんなんだ。
どんなに気を付けたって、プロのドライバーだって、
起こしてしまう時がある。
もし、3歳の子どもをひき殺してしまったら、どうする?
未来ある命を殺めてしまったら、母さんはどう責任取る。取れるか?
うんこ漏らして寝てる人に、車乗せられるか?」
これだ、決め手だった。
もうどうしようもなく、みっともない説得だが、
これが決め手だったのだから仕方ない。
母さんは、ついに自ら、私に車の鍵を渡した。
何度も何度も、
「他の鍵あったかや?」とバッグの中を点検した。
そうやって、執着を必死に捨てようとしていたのだろう。
私は、うんこをダシに使うという、相当汚いやり口で説得したが、
懸命に執着を捨てようとする母さんの姿に、鼻の奥がツンとした。
バッグが破れちゃうんじゃないかってくらい、
バッグの中身を何度も何度も点検している母さんの背中を撫ぜながら、
「母さん、ありがとうね。ありがとうね。」
と言った。
今朝になれば、母さんは昨日の事を忘れているかもしれない。
でもだから、もう鍵は渡せないのだ。
とりあえず、今日からしばらく、母さんの眼に車が映らぬよう、
私が乗って行ってしまおうかっと企んでいる。
認知症の母さんとの日々は、今日しかない。
明日の事を、今日計画したって、どうしようもない。
母さんは、今を生きているんだ。
今を如何に、楽に暮らすか。
それを考えていると、母さんは、まるで「猫みたいだな~」と
笑えて来るから、不思議なものだ。
では、うんこさんをお見せしましょう!
安心してください。
猫の方のうんこさんです。
うんこ「そこそこ、そこ、気持ちいいわ~」
うんこ「あぁ~、ゴットハンドだわ、母さん」
うんこ「ん?ハン・・・ド?」
うんこ「あら、デメタン?」
え?
そんなに?
悲鳴上げるほど、そんなに?