このたびは、
沢山の、うんこへの温かいお言葉を頂き、
誠にありがとうございました。
本来ならば、お一人お一人にお礼を申し上げたいのですが、
この記事を持って、皆様への感謝をお伝えしたいと思います。
おはようございます。
うんこは、11日当日に、霊園へ納めて参りました。
私は、うんことの1か月で、改めて感じた事があります。
それは、希望だった。
ある日突然、「末期がんで、一週間ももたない」と宣告を受け、
私は絶望した。
あぁ、こういうのを絶望というのだなぁっと思った。
絶望の王道のような絶望だった。
誰彼構わず笑っている人が憎らしくなり、
勝手に疎外感に苛まれ、
卑屈なまでに自分の殻に閉じこもり、
うんこを直視することも苦しくて、
そんな愚かな飼い主の元で健気に命を削る猫が、
哀れで可哀想で、どうしようもなく泣くことしかできずにいた。
それでも、どうにか記事を書いた。
すると、沢山の人からコメントを頂いた。
有難くて、申し訳ないくらい、心に響いた。
きついな~って時、何度も読んで救われた。
うんこは、食欲がどんどん落ちていく中、
ブロ友さんから、以前、
送ってもらった焼き海苔だけはパリパリ食べるから笑っちゃった。
友達は、私の留守中に、
うんこの食べられそうな物をビニール袋に詰めて、ドアノブに引っ掛けて行った。
チュール盛り合わせは、今は偏食のん太のチャレンジ食として大活躍だ。
袋に同封されていた、小さなハシビロコウのフィギュアに興奮して、
思わず和歌を作って友人に送った。
かずこは、いい感じにボケているから、
「うんこが末期がんで」と話す度にお見舞い金を渡してくれた。
一万円を3回、頂いた。
私は、3回とも初めて頂くみたいな顔で、頂戴した。
ダメ元で相談した、往診獣医さんは、
「望みを持って、やっていきましょう」と言った。
その時私は、何の望みだろうかと驚いた。
けれど、私は何の望みか分からないまま、
希望の灯が見えた気がした。
うんこを照らす、ぼんやりと優しい希望の灯が、
いくつも見えた気がしたのだ。
そして、うんこ、そのものが希望の灯なのだと気付いた。
死は、絶望じゃない。
この世に生きた証明だ。
残された私は、その生き様に希望の灯を得て、
いつか訪れる死を目指して生きていくのだ。
私の大切な幾つかの生きた証明が、希望の灯となり、
私は、私のための生きた証明を掴んでやろうと、そう思った。
ということで、とっくに10月ですよ~。
我が家の猫達は、
うんこの闘病中も様々だった。
のん太はかかぁに甘えられない分、
たれ蔵がいつも以上に面倒を担いながら、良い子に過ごしてくれた。
こんな感じで、
こんな感じだった。
あやは、今までの先住猫の最期には
ナイチンゲールみたいに付き添ったが、
うんこには、付き添わなかった。
実は気高い古風なうんこは、それを拒んだのだ。
「こっちへ来ないで。」といった具合に、全ての猫を遠ざけた。
あやは、それに従って、決して、うんこに近付かなかった。
遠くで、静かに気にしていた。
騒がしいあやが、本当に静かだった。
それでも、
おたまは、通りすがる度、
うんこの頭を舐めていく事を怠らなかった。
さりげなく、あっさりとね。
そして、うんこのネズミさんは、
うんこの棺に入れてやれなかった。
うんこ、ごめんな。
ネズミさんは、母さんに貸しといて。
はい、ピンボケ~。