『黄金律( Golden Rule)』
人としてこの世に生きている間、この世での己の幸せのために そして お人の幸せのためにも、人には守るべきルールがある。
その守るべきルールが 『黄金律』 です。
金曜日・1日は、午前は『聖書深読クラス』 と 午後は『聖書通読会』。 聖書に埋もれる幸せな一日でした
午前の 『聖書深読クラス』:
講師の司祭が、途切れることなく1時間。 『黄金律』について 話された。
『黄金律』
『人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい』
マタイ福音書 7章12節
人にとって・・・いつの時代でも、どこの国においても・・・永遠不変の真理。
『守るべきルール』 です。
今朝6時。 私の窓から見える・・・ 『夜明け』
美しい
朝があり・・・今日が開ける。 今日が開けて・・・今日も又、人の営みが始まる。
これも又 『永遠不変の真理』 です
毎朝、窓から眺める。 ・・・朝日に輝く『マンション郡』・・・
”今日も皆様の人生が始まるんだな~!” と。 毎朝…感動する私なんです
講師の講義の始まり:
『黄金律』とは何か??・・・
多くの宗教、道徳や哲学で見出される・・・倫理学的言明です。
そして
現代の欧米において『黄金律』という時・・・キリスト教の、キリストが山上の垂訓中に示したとされる、『根本的倫理』 です。
キリスト教においては・・・
『黄金律』は、イエス・キリストの、『為せ』という、能動的なルールを指します。 『命令』です。
しかし・・・
『黄金律』の実行は、頭では『人間の守るべきルール』と分かっていても・・・実行可能であろうか??
講師の、講義の真髄 が話されます。
『黄金律』 を、自分の力だけでは、実行できるものではありません。 無理です。 不可能です。
相手に”優しくしよう!”と。 己に誓って、相手に向っていっても・・・
相手のわがままの前に、己の誓も簡単に崩れます。 情けなく敗北です。
”なによ! 私の好意も分からずに!!” てな具合に。 ね
では・・・
『黄金律』の実行を、諦めるのか?? 『黄金律』の実行の 『黄金の裏技』なるものが、存在するのか??
答は、
『黄金律』実行可能な =『黄金の裏技』= が 聖書に書かれています。 と。
読んでみて下さい。
『黄金律』の 前の文章。 聖書の言葉。
『あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださる。
だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。』
マタイ福音書 7章12節
『黄金の裏技』 は 『だから・・・』 です。
神は、『あなたがたは悪い者でありながらも、良い物を与える』 のです。
まずは・・・あなた方がして欲しいことを、神に『してもらった!』のです。
『だから・・・』
人は、神の愛へのお返しとして、『人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。』と。
『黄金律』の実行が、神への返礼として、可能なのです!!
でも・・・
どうやって、神にお返しができるというの??
キリストは答えます。
『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』
マタイ福音書 25章40節
講師の結論:
『神の私達一人一人への愛』を見つめる時・・・あなた方は、『黄金律』を守り、人を自分のように愛せるようになるのです。
以上。
本日の、『聖書深読クラス』の、講師の授業の一部でした。 お粗末な報告でした
そして・・・
私も考えました。
人間には、生まれながらに、『黄金律』が、備わっているのではなかろうか??
神の愛=神の黄金律=は、キリストの十字架の死において、実現・完成しました。 西暦・AD33年頃のことです。
それよりもず~と以前。
BC400年頃。キリストの前・450年ほど前。 すでに、 『黄金律』 のような考えが存在していたような!!!
ネットで、調べてみました。
紀元前400年以上も前の・・
『 プラトン と プラトンの弟子の アリストテレス 』
「西洋」最大の哲学者 と見なされているそうです。
紀元前の人達?? 格好良いですよね。偏見かな??
プラトン:
諸天体は・・・神々の「最善の魂」、その知性によって動かされている。 と。
神々は・・・・人間を配慮して、宇宙全体の善を目指している。 と。
・・・・歴史上初の「自然神学」(哲学的神学) を説きました。。
自然・世界・宇宙と神々は、不可分一体的なものである。 と。
プラトンの発想は、アリストテレスにも継承されました。 そうです。
アリストテレス:
人間の営為には・・・
すべて目的があり、それらの目的の最上位は、「最高善」である。 と。
人間にとって『最高善』とは、幸福。 幸福とは、たんに快楽を得ることだけではなく、人間の霊魂が、理性を発展させること。 と。
人間が理性的に生きるためには・・・
中庸を守ることが重要であると。
中庸に当たるのは・・・
恐怖と平然に関しては『勇敢』。 快楽と苦痛に関しては『節制』。 怒りに関しては『温和』。
交際に関しては『親愛と真実と機知』。 等々。
なるほどね~!
紀元前にすでに活躍していた プラトンやアリストテレスを、思うにつれ・・・
人間には、生まれながらに、『黄金律』が、備わっているのではないか。 と思ってみたり・・
私も、頑張ってみようかな! な~んてね。 と思ってみたり・・
そして・・・
午後の 『聖書通読クラス』:
「心の奥からわき出る 『行かねばならぬ!』 との思いに後押しされて、参加を決意して、まいりました。」
と。 新しい仲間が出来ました。 嬉しい! 嬉しい!
皆様!
御訪問に感謝申し上げます。 秋深い11月の連休をお楽しみ下さい!
*****************
記録
今日・10月30日のラン距離:10km
年輪ピックから帰宅後、初めてのランニング。
年輪ピックで頑張った足の筋肉の疲れが治らないまま、意地で走りました。
結果・・・10月走行距離合計・・・どうにか100㎞達成です!
”ああ~しんど!”
10月走行距離合計:100km
人としてこの世に生きている間、この世での己の幸せのために そして お人の幸せのためにも、人には守るべきルールがある。
その守るべきルールが 『黄金律』 です。
金曜日・1日は、午前は『聖書深読クラス』 と 午後は『聖書通読会』。 聖書に埋もれる幸せな一日でした
午前の 『聖書深読クラス』:
講師の司祭が、途切れることなく1時間。 『黄金律』について 話された。
『黄金律』
『人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい』
マタイ福音書 7章12節
人にとって・・・いつの時代でも、どこの国においても・・・永遠不変の真理。
『守るべきルール』 です。
今朝6時。 私の窓から見える・・・ 『夜明け』
美しい
朝があり・・・今日が開ける。 今日が開けて・・・今日も又、人の営みが始まる。
これも又 『永遠不変の真理』 です
毎朝、窓から眺める。 ・・・朝日に輝く『マンション郡』・・・
”今日も皆様の人生が始まるんだな~!” と。 毎朝…感動する私なんです
講師の講義の始まり:
『黄金律』とは何か??・・・
多くの宗教、道徳や哲学で見出される・・・倫理学的言明です。
そして
現代の欧米において『黄金律』という時・・・キリスト教の、キリストが山上の垂訓中に示したとされる、『根本的倫理』 です。
キリスト教においては・・・
『黄金律』は、イエス・キリストの、『為せ』という、能動的なルールを指します。 『命令』です。
しかし・・・
『黄金律』の実行は、頭では『人間の守るべきルール』と分かっていても・・・実行可能であろうか??
講師の、講義の真髄 が話されます。
『黄金律』 を、自分の力だけでは、実行できるものではありません。 無理です。 不可能です。
相手に”優しくしよう!”と。 己に誓って、相手に向っていっても・・・
相手のわがままの前に、己の誓も簡単に崩れます。 情けなく敗北です。
”なによ! 私の好意も分からずに!!” てな具合に。 ね
では・・・
『黄金律』の実行を、諦めるのか?? 『黄金律』の実行の 『黄金の裏技』なるものが、存在するのか??
答は、
『黄金律』実行可能な =『黄金の裏技』= が 聖書に書かれています。 と。
読んでみて下さい。
『黄金律』の 前の文章。 聖書の言葉。
『あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださる。
だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。』
マタイ福音書 7章12節
『黄金の裏技』 は 『だから・・・』 です。
神は、『あなたがたは悪い者でありながらも、良い物を与える』 のです。
まずは・・・あなた方がして欲しいことを、神に『してもらった!』のです。
『だから・・・』
人は、神の愛へのお返しとして、『人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。』と。
『黄金律』の実行が、神への返礼として、可能なのです!!
でも・・・
どうやって、神にお返しができるというの??
キリストは答えます。
『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』
マタイ福音書 25章40節
講師の結論:
『神の私達一人一人への愛』を見つめる時・・・あなた方は、『黄金律』を守り、人を自分のように愛せるようになるのです。
以上。
本日の、『聖書深読クラス』の、講師の授業の一部でした。 お粗末な報告でした
そして・・・
私も考えました。
人間には、生まれながらに、『黄金律』が、備わっているのではなかろうか??
神の愛=神の黄金律=は、キリストの十字架の死において、実現・完成しました。 西暦・AD33年頃のことです。
それよりもず~と以前。
BC400年頃。キリストの前・450年ほど前。 すでに、 『黄金律』 のような考えが存在していたような!!!
ネットで、調べてみました。
紀元前400年以上も前の・・
『 プラトン と プラトンの弟子の アリストテレス 』
「西洋」最大の哲学者 と見なされているそうです。
紀元前の人達?? 格好良いですよね。偏見かな??
プラトン:
諸天体は・・・神々の「最善の魂」、その知性によって動かされている。 と。
神々は・・・・人間を配慮して、宇宙全体の善を目指している。 と。
・・・・歴史上初の「自然神学」(哲学的神学) を説きました。。
自然・世界・宇宙と神々は、不可分一体的なものである。 と。
プラトンの発想は、アリストテレスにも継承されました。 そうです。
アリストテレス:
人間の営為には・・・
すべて目的があり、それらの目的の最上位は、「最高善」である。 と。
人間にとって『最高善』とは、幸福。 幸福とは、たんに快楽を得ることだけではなく、人間の霊魂が、理性を発展させること。 と。
人間が理性的に生きるためには・・・
中庸を守ることが重要であると。
中庸に当たるのは・・・
恐怖と平然に関しては『勇敢』。 快楽と苦痛に関しては『節制』。 怒りに関しては『温和』。
交際に関しては『親愛と真実と機知』。 等々。
なるほどね~!
紀元前にすでに活躍していた プラトンやアリストテレスを、思うにつれ・・・
人間には、生まれながらに、『黄金律』が、備わっているのではないか。 と思ってみたり・・
私も、頑張ってみようかな! な~んてね。 と思ってみたり・・
そして・・・
午後の 『聖書通読クラス』:
「心の奥からわき出る 『行かねばならぬ!』 との思いに後押しされて、参加を決意して、まいりました。」
と。 新しい仲間が出来ました。 嬉しい! 嬉しい!
皆様!
御訪問に感謝申し上げます。 秋深い11月の連休をお楽しみ下さい!
*****************
記録
今日・10月30日のラン距離:10km
年輪ピックから帰宅後、初めてのランニング。
年輪ピックで頑張った足の筋肉の疲れが治らないまま、意地で走りました。
結果・・・10月走行距離合計・・・どうにか100㎞達成です!
”ああ~しんど!”
10月走行距離合計:100km