広辞苑で引いてみました。
『依』
よりかかること。 頼ること。 よりどころににすること。 「依託。依処。帰依(きえ)。」
『頼む』
①力をかしてもらえるよう、相手にすがる。 ②あてにする。 それを力とする。
③信用する。 ④他にゆだねる。委託する。依頼する。 ⑤その人を主人としてー身を託す。 等等。
なるほどね~。 『依り頼む』 は、『依り』 and 『頼む』。 お人への信頼度のダブル・2倍ってことですかね
皆様は、何に、どなたに、『依り頼む』 のでしょうか?
昨日。
80歳の私の友人が、90歳の夫様と、この世でのお別れをしました。
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とても悲しく寂しいことです。 三人のお孫さんも・・・。
司式司祭様は、聖書の『キリストの言葉』を読みました。
『心を騒がせるな。 わたしの父の家には、すむ所がたくさんある。』 ヨハネ福音書 14章1節
90歳の夫様を見送る、奥様。ご家族。ご親戚。 そして私たち友人。
キリストの言葉に『依り頼み』・・・夫様の天国の家での永遠の命を信じ、夫様との再会を信じ・・・この世でのお別れをしました。
お別れが終わった後に、友人が、電話を下さった。
「息子が、「僕が今のマンションを出て大きな一軒家を建ててお母さんを迎えるからね。待っててね。」と言ってくれたの。
私は、それがいつになるか分からないけど・・・息子の言葉に『依り頼み』生きていけるわ!」 と。
今の母の悲しみを乗り越えさせる 『息子さんの言葉』を、報告してくださった友人です。 感謝!感謝!
人に力と勇気を与える・・・『より頼む』ことの出来る『言葉』 があるものですよね
。
そして今日。
聖書通読会での 『神の御言葉』。
『信仰は、主に依り頼むことの初めである。』 シラ書 25章12節
お人に 『依り頼む・・』 ためには、 まずは、そのお人に対する信頼が始まり。 てことですよね。
人を信じて・・・。 それから、その人に 『依り頼む』ことが出来る
私の友人は息子さんを信じている。・・・・だから、息子さんの『言葉』に 『依り頼む』ことが出来ました。
友人は、更に、電話で、私に言いました。
「私は年よ。80よ。 息子が頑張って家を建てる前に夫の所へ行ちゃうかもしれないわ。 その時は、あなたがほめてやってね。」 と。
私の返事は、迷わず、勿論、こうでした。
「息子さんの『言葉』に 『依り頼む』毎日は、『その日』を見届けるまでの元気をくれますよ!」 でした。 そう確信できました。 感謝!感謝!
人に元気までをも与える・・・『より頼む』ことの出来る『言葉』 があるものですよね
。
今日の聖書の『言葉』も 教えます。
『主に依り頼む』 ことが出来るようになるには・・・『信仰が初めである。』。主に対する信仰・信頼が始まりです。 と。
『知識』は、
信仰や信頼とは、まるで違うものです。
あの人はすばらしい人らしいよ。 神様って優しさの塊らしいよ。と。 『知識』だけ、『・・・らしいよ。』だけでは、信頼や信仰は生まれませんよね。
お人と直接に、話して、時間を共にして、お人を知って・・・。 神様と直接に、話して、時を共にして、神を知って・・・。
やっと
お人への信頼が生まる。神への信仰が生まれる。 その結果、 人に、神に、『依り頼む』ことが出来るのです
そですよね。 納得!ガッテン! です。
『信仰は・・・。主に依り頼むことの初めである。』
以上。
昨日と今日。 『依り頼む・・』ことの出来る信頼関係は、
『何事にもまさる宝物』
。 だなと考えたりしました。 お粗末様です
皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。 明日からの週末をお幸せにお過ごし下さい!
『依』
よりかかること。 頼ること。 よりどころににすること。 「依託。依処。帰依(きえ)。」
『頼む』
①力をかしてもらえるよう、相手にすがる。 ②あてにする。 それを力とする。
③信用する。 ④他にゆだねる。委託する。依頼する。 ⑤その人を主人としてー身を託す。 等等。
なるほどね~。 『依り頼む』 は、『依り』 and 『頼む』。 お人への信頼度のダブル・2倍ってことですかね
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皆様は、何に、どなたに、『依り頼む』 のでしょうか?
昨日。
80歳の私の友人が、90歳の夫様と、この世でのお別れをしました。
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とても悲しく寂しいことです。 三人のお孫さんも・・・。
司式司祭様は、聖書の『キリストの言葉』を読みました。
『心を騒がせるな。 わたしの父の家には、すむ所がたくさんある。』 ヨハネ福音書 14章1節
90歳の夫様を見送る、奥様。ご家族。ご親戚。 そして私たち友人。
キリストの言葉に『依り頼み』・・・夫様の天国の家での永遠の命を信じ、夫様との再会を信じ・・・この世でのお別れをしました。
お別れが終わった後に、友人が、電話を下さった。
「息子が、「僕が今のマンションを出て大きな一軒家を建ててお母さんを迎えるからね。待っててね。」と言ってくれたの。
私は、それがいつになるか分からないけど・・・息子の言葉に『依り頼み』生きていけるわ!」 と。
今の母の悲しみを乗り越えさせる 『息子さんの言葉』を、報告してくださった友人です。 感謝!感謝!
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人に力と勇気を与える・・・『より頼む』ことの出来る『言葉』 があるものですよね
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そして今日。
聖書通読会での 『神の御言葉』。
『信仰は、主に依り頼むことの初めである。』 シラ書 25章12節
お人に 『依り頼む・・』 ためには、 まずは、そのお人に対する信頼が始まり。 てことですよね。
人を信じて・・・。 それから、その人に 『依り頼む』ことが出来る
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私の友人は息子さんを信じている。・・・・だから、息子さんの『言葉』に 『依り頼む』ことが出来ました。
友人は、更に、電話で、私に言いました。
「私は年よ。80よ。 息子が頑張って家を建てる前に夫の所へ行ちゃうかもしれないわ。 その時は、あなたがほめてやってね。」 と。
私の返事は、迷わず、勿論、こうでした。
「息子さんの『言葉』に 『依り頼む』毎日は、『その日』を見届けるまでの元気をくれますよ!」 でした。 そう確信できました。 感謝!感謝!
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人に元気までをも与える・・・『より頼む』ことの出来る『言葉』 があるものですよね
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今日の聖書の『言葉』も 教えます。
『主に依り頼む』 ことが出来るようになるには・・・『信仰が初めである。』。主に対する信仰・信頼が始まりです。 と。
『知識』は、
信仰や信頼とは、まるで違うものです。
あの人はすばらしい人らしいよ。 神様って優しさの塊らしいよ。と。 『知識』だけ、『・・・らしいよ。』だけでは、信頼や信仰は生まれませんよね。
お人と直接に、話して、時間を共にして、お人を知って・・・。 神様と直接に、話して、時を共にして、神を知って・・・。
やっと
お人への信頼が生まる。神への信仰が生まれる。 その結果、 人に、神に、『依り頼む』ことが出来るのです
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そですよね。 納得!ガッテン! です。
『信仰は・・・。主に依り頼むことの初めである。』
以上。
昨日と今日。 『依り頼む・・』ことの出来る信頼関係は、
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皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。 明日からの週末をお幸せにお過ごし下さい!
コメントありがとうございます。
糸島までの往復80km Road Bike 完走!
おめでとうございます。
72歳の現役アスリートさんでいらっしゃるのですね。ご立派です。
54歳の成人受洗もすばらしいです。
私は、現役アスリートは引退です。
ブログも信者として感じるままを綴っています。
どうぞよろしくお願いいたします。
楽しく拝見し 友のある人の喜びを
垣間見た わたしです
私は 末日聖徒イエス・キリスト教会の 会員です
54歳で Baptesm を 受け 今 72と10ヶ月です
現在地は 福岡 博多 三宅 地区 に住む
つい最近 1/21に 糸島までの往復80km Road Bike 完走でき 感謝しています
よろしくで〜す