大学入学から故郷を出て暮らしている私には、故郷は遠い。
物理的に遠いところにいるから、遠いものになってしまったということもある。なんせ帰る機会が少ない。
年末や、お盆に帰ることが多いから、同窓会やら、家族やらと過ごすことが多い。
今回は、いとこに会ってくるつもりだ。彼女とは二歳違い。兄しか居ない私にとって、彼女は姉のようであり、友達のようでもあった。私と一歳違いの彼女の妹と、まるで私たちは三姉妹のように幼い頃を過ごしてきた。
特に彼女と私が仲良しだった。活発で明るく、ピアノの先生も同じだった。彼女は音大に進んだが、第二楽器のヴィオリンを始めた頃、夏休みピアノの伴奏を頼まれた。大工仕事を始めたような初心者のバイオリンの音に、笑い転げながら演奏を楽しんだことがとりわけ思い出に残っている。
大の仲良しだった彼女と話をしなくなったのは、彼女が結婚したからだった。
結婚した相手は、私たちのいとこ。二人で、大嫌いだったいとこだった。どうして・・・理由はわかっている。
私は目を背けた。育った環境が違うから、だれもが違う環境を受け入れなくてはならない。でも、どうにかしようとする努力が必要だと、私は強く思っていた。
目を背け続けて、もう25年になる。
彼女は、私が目を背けたことを感じていたと思う。それから、全く違う生き方をし、会っても、時候の挨拶をするだけになっている。
今回、彼女と久しぶりに、食事でもしてこようと思い、電話をかけてみた。忙しい人で、彼女にピアノを習っている生徒は常時80人くらいいるという。
子供も育て上げ、また、ちがって、どうしてた?と、話せるような気がしている。
私もつまり、そういう年齢になってきたということだ。
老いた父への罪悪感に苛まれながら、年に数回帰省するのみの私。
いとこと不本意な結婚(失礼・・許してね)はしたけれど、母親の傍にいるという選択をした彼女は、しっかり両親を支えながら暮らしている。
自立を主張した私は、老いた父が、今何をして欲しいのか、何が悲しいのか、何が喜びか、電話の向こうの、か細い声から判断するしかない。
強くて、美しくて、素敵だった叔母達が、老いて今、やっと、自分の生きてきた人生をその気持ちを素直に語るようになってきた。その言葉はきつく、激しく、その分悲しい。子供のようになった叔母達をあやすように、話を聞きながら、いつも寂しい気持ちになる・・・それが、私にとっての帰省だ。