2023年の紙類の輸入実績から見た時代の変化:
¥150に近寄ってみせる長引く円安の下ではどうなっているかと、1994年まで20年以上もの間携わってきた紙類の貿易統計を眺めてみた。尤も、私からすれば「対日輸出」であるのだが。あの為替の状況では出超であることくらいは解りきっているが、印刷(紙)媒体衰退の時期にあってはどんな変化が生じているか、特に輸入については未だ少しだけでも関心があるのだ。
紙パルプ業界の実情をご存じではない方々は多いと思われるので簡単に触れておくと、私の1975年から1993年末までの実質的な紙輸出の担当期間中を通じて、我が国の輸入紙の三大品目はと言えば新聞用紙、中質コート紙、ミルクカートン原紙(か、時には段ボール原紙)だった。最初の2品種は印刷(紙)媒体向けの印刷用紙。私の在職中にでもアメリカに次ぐ世界第2位の紙類生産国でありながら、輸入に頼らなければならない紙があったのだ。
そこで、2023年の輸入実績である。往年の3大品目から見ていこう。
先ずは新聞用紙だが、印刷媒体としての新聞がネットの普及に圧されているとは誰もが承知していることとは言え、新聞用紙の輸入量は994トンと言う俄には信じがたいような少なさだったのだ。1990年代には300万トンはあったように記憶して国内の生産量は、新聞協会の発表によれば23年には167万トンで前年比△10.1%とあるから、その落ち込みは明らかである。何故、どのように減ったかを私が説明するまでもあるまい。
次は中質コート紙である。この紙は近頃では余り手に取ってみないのだが、花田紀凱氏推薦の「ニューズウィーク日本語版」の本文に使われているような少しだけ光沢がある薄手の紙のこと。我が国にも生産しているメーカーがあるがしぶとく残り、6万トンがUK、中国、フィンランド等から入っていた。だが、6万トンで23年の3大品目には入れないのだ。
3番手にミルクカートン原紙(牛乳パックの紙)を取り上げよう。 これは私が1975年から日本向けの輸出に心血を注いで来た品種である。ご存じの方もおられるかも知れないが、この品種は世界最高の製紙の技術保有国である日本では生産されておらず、牛乳の紙パックが導入された1960年代半ばから輸入に依存してきたのである。我が国で技術的に作れないのではなく、国内の需要の規模が小さ過ぎるので、国内では生産せずアメリカからの輸入のみだった。
私の在職中の輸入の最高到達点は約22万トンで、我が方が#1シェアーホールダーで8.5万トン。過去最高の輸入量、即ちミルクとジュース等向けの需要は25万トンに達していた。この紙1トンからリッターのパックが約2.8万枚取れるのだから、かけ算してみればわが国全体の牛乳とジュースの需要量が朧気ながら見えてくるかも知れない。
その25万トンに達していたものが23年には12.5万トンにまで減少していた。これは牛乳の消費量が激減したことを示しているのだが、その背景には人々の趣向が変わったことと、学童が減少したので学校給食課頼成の減退があるように聞いている。12.5万トンの内訳は残念ながら嘗ての王者アメリカが49.4%でフィンランドが48.0%と、私から言わせれば様変わりである。実は、この量でも23年度では第3位だった。
第2位には私の知識というか在職中の経験では「アレッ」と思わせられた19.3万トンの白板紙が登場していた。この紙は葉書やメニューなどの印刷にも使われるが、一般的には「紙器用板紙」と呼ばれている言わば包装用紙である。用途はケーキ、薬品、食品、煙草のパック等々の綺麗な印刷を施した凾(箱)になる。こういう紙器用板紙の輸入が伸びては少し意外で、数量的には第2位に上がっていた。
輝く第1位はと言えば「コピー用紙」(業界の呼称は「特定形状非塗工印刷用紙」であるが)の40.9万トンだったのだ。印刷用紙の需要が減退してもコピー用紙の需要は未だ未だ健在だったと知らされた。この種の紙が日本で出来ないはずがないだろうと思われるだろうが、確かに出来ている。だが、大型の抄紙機で合理化された工程で大量生産さる中国とインドネシアにはコスト的に対抗できないのである。比率はインドネシアが67.81%、中国は31.9%となっていた。
別な見方をすれば「アメリカと日本のように紙類の生産設備の合理化/近代化が遅れていたと言うよりも、利益も上がらずインターネットに圧倒されて将来性に乏しい印刷用紙を早い時点で見切っていたのでは、城を近代的な設備を誇る中国、インドネシア、韓国、ブラジル等の新興勢力に明け渡してしまった」と説明する方が解りやすいかも知れない。
久しぶりに輸入統計を見て陳腐な感想を言えば「時は容赦なく流れて、世界の紙類の需要と供給の実態を変えていた」のである。
参考資料:紙業タイムス社刊 Future誌 2024年2月26日号