杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

静岡市民劇場創立50周年

2008-08-19 23:07:30 | NPO

今夜は、お盆前にNPO情報誌・ぱれっとコミュニケーションで取材したNPO法人静岡市民劇場の創立50周年記念例会『加藤武の語り』(静岡市民文化会館中ホール)に行ってきました。文学座の重鎮でテレビや映画の名脇役としてもおなじみ、加藤武さんが、吉川英治の「宮本武蔵・火の巻より風車」、藤沢周平の「蝉しぐれ」を朗読されたのです。

 

 

「蝉しぐれ」は全編読めば数時間かかるため、冒頭の部分のみ。途中を割愛したりアレンジするのは、著作権の関係でNGだとか。「蝉しぐれを楽しみにされていた静岡の皆さんに申し訳ない」と、加藤さんは、文学座が静岡市民劇場に初めて招かれたとき、紺屋町の旅館で食事中に杉村春子さんからさんざんダメ出しをくらって、劇団員も裏方も食事が満足に喉を通らなかったエピソードなどを、おもしろおかしく語り、清水次郎長の講談を一席披露してくれました。清水の梅蔭寺にある次郎長の銅像は加藤さんにそっくりで、それが縁で舞台で次郎長を演じられたこともあるそうです。

 

「朝鮮通信使」での林隆三さんもそうでしたが、キャリアのある俳優さんの朗読は、緩急のリズムが心地よく、感情移入もスムーズで、本当に安心して楽しめます。また作家が身を削って書き記した言葉のひとつひとつを、本当に大切に読んでくれる。日本語の美しさや、日本語の文章の流れるようなリズムが、朗読によってさらに顕在化されるようで、物書きを生業にするからには、しかるべき人に読み伝えてもらえるような文章を残したいなぁと実感します。

 

 

 

 

 

ご存じの方も多いと思いますが、静岡市民劇場は、会員が毎月2400円の会費を払い、年6回の例会(鑑賞会)に入場料なしで参加できるというしくみ。入会は3人1組が条件になります。これは事務連絡費の軽減と、仲間での参加によって参加意欲や継続意識をつなげていく目的があってのこと。組(サークル)の代表者が意見交換したり、劇団代表者や俳優たちと交流を図る機会も用意されています。招聘する劇団は、文学座、俳優座、前進座、民藝、NLTなど日本の新劇でもトップクラスがそろいます。

 

 

市民が会費を持ち寄り、プロの劇団を定期的に招いて鑑賞会を開くというスタイルは、戦後間もない頃、大阪で始まり、静岡市民劇場は全国で14番目の市民劇場として1958年に誕生。当時の県企画部長や静芸出身の劇団員ら有志が「静岡でも始めよう」と立ち上がり、県民会館の一角に事務所を設けたそうです。職場でのサークル活動などが活発な時代で、「映画を観るよりちょっと高いぐらいの値段で、一流劇団の公演が観られるなら」と多くの市民がサークルを作って参加しました。

以来、年に6回、半世紀にわたって一度も途切れることなく公演開催を実施し続け、10年前には全国の市民劇場では初めてNPO法人に。当時、非営利活動団体にもかかわらず入場料税を科せられる状況となり、営利目的の興行団体とは違う実態と存在意義を市民にしっかりディスクローズしようというのがきっかけでした。

 

 

 

静岡市では特定の劇団を招いて市民文化会館大ホールを占領させ、県でも巨額の公費でお抱え劇団と専用劇場を造りました。それはそれで自治体の文化政策として意義はあるのでしょう。一方で、市民がコツコツ会費を払って劇団を招聘し、日本の演劇を下支えしているこういうケースもある・・・。自分の映画づくりも、最初、公的助成に頼ろうとして相手にされず、有志の方々の募金によってなんとかスタートできただけに、ついつい市民劇場さんのような活動に思いが重なってきます。

 

 

 

以前、県の劇団を取材したとき、著名な芸術監督さんの名前だけが突出している印象で、周りのスタッフもピリピリしてるかお役人的な対応に終始していました。それに比べ、市民劇場さんの取材では、理事長もスタッフも笑顔で熱く語り、本当に演劇が好きな人たちなんだなぁと感じられました。50年も続いているなんて、好きで、楽しくて、やりがいがなければ続きようがありませんよね。

「映画は映画館で、演劇は生の舞台で楽しまなきゃ」・・・最後に聞いた市民劇場スタッフの言葉は、単純なようでとても重い言葉です。映画館でかかる映画は、実はほんの一握りであり、舞台で演劇をかけるというのも大変な労力を要します。プロモートしてくれる人と、入場料を払って来てくれる観客がなければ、どうにもなりません。お役所は、自分でハコモノを作ったり有名劇団を呼ぶ以前に、プロモートする人材を育てたり、市民劇場のような団体を支援するほうが先じゃない?と、ついついダメ出しをしたくなってしまいます。