杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

能登杜氏を支える手

2008-08-22 21:02:50 | 吟醸王国しずおか

 20日(水)~21日(木)は石川県珠洲市で行われた能登杜氏組合夏期講習会の撮影に行ってきました。見どころは、「開運」の杜氏・波瀬正吉さん、石川県の地酒「ほまれ」の杜氏・横道俊昭さん、種麹メーカー秋田今野商店の今野宏さんが講師を務める吟醸造り体験発表・討論会。能登杜氏が勤める酒蔵の従業員や杜氏見習いが対象の講習会だけに、ハッキリ言って基礎知識がなければ、いや基礎だけ知っていても現場の体験がなければ付いていけない高度で専門的な内容です。本で読んだ基礎知識プラス、現場で多少見聞きした話ぐらいしか理解していない私にとっては、改めて酒造の世界の深さ・厳しさを実感させられるものでした。

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 強カプロン酸系の明利M-310で立てた酒母を、9号酵母の酒母とブレンドするという「ほまれ」の吟醸造りは、たぶん、静岡吟醸とはまったく違う酒なんだろうなぁと聞きながら、論理的に説明する横道さんや講演慣れしてるかのように饒舌に語る今野さんに、若い聴衆者がさかんに質問するのを見て、複雑な思いを抱きました。

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 波瀬さんが「なんといっても麹造りが大事。酵母や麹につねに話しかけている。それが私の酒造り」と、杜氏として一番大切な姿勢を、言葉をかみしめるように語る声は、マイクの位置が悪かったせいか、聞き取りにくく、会場内では「爺さんが何しゃべってるんだかわからないから寝ちゃったよ」なんて雑言を吐く者も。この若造たちは、波瀬正吉の偉大さを知らないのかと思わずムカついてしまいました。確かに波瀬さんの声はカメラのマイクでも拾いづらいほど小さく、壇上の司会者や横に座っていた横道さんが一言マイクの位置を直してあげればいいものを・・・と気にはなっていましたが。

 

 

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 積極的に質問するのが若い女性の杜氏・蔵人だったことも印象的でした。横に座っていた「開運」の若き蔵人3人衆―榛葉農さん、山下邦教さん、野口剛さんに、「撮影しているんだから、手をあげて質問してよ」って声をかけたんですが、残念ながら不発。代わりに、3列後ろに 座っていた「初亀」の西原光志さんが果敢に挙手してくれました。

 西原さんは、この春引退した滝上秀三さんの後継者として初亀の次期杜氏に抜擢された人。若い彼の、偉大な杜氏の後を継ぐプレッシャーやチャレンジ精神は、『吟醸王国しずおか』のドラマの一つになりそうで、杜氏1年目の姿をじっくり追いかけてみるつもりです。

 

 

 

 夜は、波瀬さんのご自宅にお邪魔して、波瀬さんと蔵人3人衆で行う開運全タンクの呑み切り(夏場に熟成具合をチェックする作業)の様子をカメラに収めました。呑み切りは8月初旬に、河村先生や名古屋局鑑定官や工業技術センター指導員ら専門家によって行われましたが、その講評を参考にしながらのテイスティング。「先生によって評価が違うな」「この先生の表現は細かいなぁ」「こっちは大雑把だなぁ」と蔵人たちも楽しそうにきき酒します。「これはいDsc_0023 いなぁ」と波瀬さんが唸った酒を、私も思わず呑ませてくれぇと心の中で叫んでしまいましたが、自分がフレーム内に映り込んでしまったら元も子もありません。数が数だけに、あれこれ角度を変えて撮っているうちに、波瀬さんイチオシの酒がどれかわからなくなってしまい、撮影がひと段落した後は、オールチャンポン状態で呑み呆けてしまいました…(反省)。

 

 

 

 黙々と撮影をする成岡さんと私に、さかんに気を遣って、「うちの畑で獲れたから」とスイカを切ってくれたり、この時期に食べられるなんて夢のような本ズワイガニのボイルを1匹ドンとふるまってくれた奥様の波瀬豊子さん。50年を超える波瀬さんの酒造り人生を陰で支え、50年間、一度も正月を一緒に過ごしたことがないという家庭生活に愚痴一つこぼさず、3人の子を立派に育て上げ、今も1年のうち8か月を静岡で過ごす波瀬さんの留守をひとりで守って、畑仕事に従事するその姿に、ニッポン女性の母性の強さと逞しさを、まぶしいほどに感じました。

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 翌朝は、波瀬さんをさしおいて、豊子さんの畑仕事の撮影を敢行。農業後継者が減り、放置された畑が多い中、豊子さんが手をかけた畑には、イモやネギやスイカがみずみずしく育っています。

 「スイカは近所の老人ホームに届けて喜ばれてるんだよ」「売り物にならないネギは父ちゃんのところ(土井酒造場)へ送ってやるんだ。刻んで醤油かけてご飯に乗せて食べると美味いんだよ」・・・。75歳の波瀬さんを支える72歳の豊子さんの泥だらけの手が、化粧品のテレビコマーシャルで「杜氏の手が白いのは・・・」なんて女優が宣伝するよりも美しく気高く見えました。