杯が乾くまで

鈴木真弓(コピーライター/しずおか地酒研究会)の取材日記

竹島さんの功績

2009-03-04 10:10:47 | しずおか地酒研究会

 私は1997年9月から98年10月まで、毎日新聞朝刊地方面で『しずおか酒と人』という全二段の週刊コラムを担当しました。1000字弱の記事に手描きのイラストを添えた内容で、原稿料はたしか1本4000円ぐらいだったと思います。広告のキャッチコピー1行でウン十万円とるような売れっ子コピーライターだったら相手にしないような条件かもしれませんが、無名の地方ライターにとって、地方面とはいえ全国紙に署名記事を週1回書けるというのは夢のような話でした。

 

 それまで10年ぐらい、記事を書く場が提供されているわけでもない酒蔵取材をこつこつ続け、酒のことが書ける場があったらタダでもいい、ぐらいに思っていたところ。前年にしずおか地酒研究会を立ち上げて、いろいろな意味で情報源や人脈が広がったことが、「書くチャンス」をもたらしてくれたと思います。98年には静岡新聞社からも『地酒をもう一杯』という単行本が出て、この時期は、長年の地道な取材にやっと日の目が当たった感がありました。

 

 

 会の立ち上げは、もちろん、私個人のキャリアアップを目的としたものではありませんでしたが、自分から動けば、周りが変わるということを、身を持って実感…でした。ごく一部の蔵元さんしか存在が知られていなかった無名ライターの会の立ち上げには、酒の業界内から反発や抵抗があったものの、それまでの取材実績が自分の“盾”にもなりました。そして、業界の中でまっとうな仕事をし、真に信頼されている人には、さほど時間をかけずに理解をしてもらうことができました。

 

 

 13か月続いた連載・毎日新聞『しずおか酒と人』の最終回(98年10月29日)は、そのお一人、竹島義高さんの紹介です。竹島さんの業績については、下記の『しずおか酒と人』全文をご覧いただくとして、先週土曜、久しぶりに竹島さんご本人にお会いしました。

 

 

 竹島さんが現在、息子さんと経営する『竹島』は、静岡市中心部の青葉おでん横丁の近くにあり、カウンターと小上がり合わせて14席程度のこじんまりしたお店。常連さんや、落ち着いた雰囲気で酒をのんびり呑みたい人のため、マスコミ取材は一切NGで、私もこれまで、どのメディアにも紹介したことはありません。

 

 だいたい、17時の開店直後に入らないと、すぐに満席になってしまって、お客さんが一巡する20時か21時あたりを狙って運よく入れるかどうか…という人気店で、運よく入れたときには、顔見知りのテレビ局や新聞社や広告会社の重役クラスや、静岡を代表する企業の社長さんたちにお会いすることも。特定のメディアの取材は受けられないという竹島さんの立場がなんとなくわかりました・・・。

 

 

 竹島さんのお店には、以前在籍しておられた入船鮨時代から、染色画家松井妙子先生の作品が飾られています。初めて竹島さんと引き合わせてくれたのは別の人でしたが、懇意にしている松井先生の作品を見つけ、とても感激し、不思議な縁も感じました。松井先生が描く愛らしい海の生き物たちは、竹島さんのお人柄とお店の雰囲気に本当によくマッチしています。

 

 

 松井先生から、竹島さんが病気療養中だと聞いたのは昨年のこと。私は、『吟醸王国しずおか』で静岡吟醸の歴史の語り部として、自分の酒修業の師でもあった県酒造組合専務理事の栗田覚一郎さん、ヴィノスやまざきの山崎巽さん、竹島さんの“三賢人”は必要不可欠だと考えていたのですが、栗田さんはすでに亡くなり、山崎さんも長期療養中。この上、竹島さんも無理となると、歴史のパートは映像化不可能だ…と肩を落としたのでした。

 年が明け、松井先生から、「竹島さん、お店に復帰したみたい」との連絡。映画の話はさておき、まずは竹島さんのお元気な姿を確かめないと…と、思いきってお電話したところ、ちょっとハスキーになったものの、いつもの竹島さんの軽妙な声が返ってきました。

 

 

 「こういうの、あんたに見せたことあったっけ?」と竹島さんが取り出したのは、若かりし頃、竹島さんが手書きで作った酒の銘柄&紹介メニュースクラップ。和紙1枚に1銘柄、丁寧に書かれ、醸造元の判が押してあります。越乃寒梅、一ノ蔵、新政など全国の名だたる銘醸の名が次々と出てImgp0629きて、ファンなら垂涎モノかも。「100枚ぐらい書いて、蔵元に送って判子をくれとお願いし、7割ぐらい戻ってきたかなぁ」と懐かしそうに見せてくれました。田酒(青森)は昔はひらがな表記だったんですね。

 Imgp0627 越乃寒梅の蔵元には、なかなか返事がもらえず、墨筆で丁寧に手紙を書いてお願いしたところ、見事な墨筆のお返事をいただいたとか。やっぱり大事な相手に誠意を伝えるには、事務的なお願いじゃダメなんですね。今だったらメールか何かで済ませようとしてもダメだってことです。

 

 

 スクラップブックには、毎日新聞の私が書いた記事もはさんであって、竹島さんの料理人人生の一部に、わずかでも足跡が残せたことを光栄に思いました。

 

 来る18日、静岡県新酒鑑評会一般公開&表彰式の夜、審査員のお一人松崎晴雄先生を招いて、竹島さんのお店で〈しずおか地酒研究会〉の定例サロンを開催し、その折に『吟醸王国しずおか』のカメラを入れるお許しをいただきました。会員の酒販店主からは「松崎さんから最新の情報を、竹島さんから静岡酒の貴重な歴史を一度に聞ける企画、すごい勉強になる!」と喜ばれました。

 

 無名のライターが会を立ち上げ、業界人から白い目で見られた頃のことを思うと、業界の人から「勉強させてくれ」と言われる日が来るなんて感無量です。竹島さんは、今もって存在自体にこういう力がある人なんだ…としみじみ感じ入りました。

 

 

 

◎しずおか酒と人 「素晴らしきかな静岡の酒」 (毎日新聞朝刊 1998年10月29日掲載)

 文・イラスト 鈴木真弓

 

2009030109050000  私が地酒の美味しさに目覚めて間もない10年ほど前のこと。ある酒通に「静岡で最高の酒を出す料理人がいる」と案内された店がありました。JR静岡駅前のホテル地階にある入船鮨。カウンターに立つ竹島義高さんはこの店の看板すし職人であり、20数年前、静岡の大吟醸を客に初めて飲ませたという人。その酒通とのやりとりを聞いていると、酒を冷蔵保管する時の温度、客に出す前に常温で置く時間配分、酒杯の形状、薄さ、唇に当たる角度…そこまで気を遣うのかと驚かされます。

 さりげなく出された酒は鑑評会出品用に斗瓶取りした大吟醸の生酒です。鑑評会へは審査途中で酒質が変化する場合もあり、火入れをした酒を出す蔵のほうが多い。つまりここでは、鑑評会出品酒よりも新鮮で造り手の息吹が感じられる出品用酒が飲めるのです。

 生酒ゆえ、仕入れた段階でマイナス5度で保管し、店に出す2か月前にプラス5度に移す。客には酒のタイプや状態に合わせ、適温にして出す。同じ銘柄でも竹島さんが出すものが「静岡で最高の酒」になるのも無理はありません。

 「若い頃、静岡の地魚にこだわってますってお客様の前でいい気になっていてね。じゃあ地酒は?と聞かれて恥をかいた。何も知らなかったんだから」。

 以来、栗田覚一郎さん(県酒造組合専務理事)や山崎巽さん(ヴィノスやまざき)に蔵を紹介してもらい、河村傳兵衛さん(県工業技術センター)に造りの話を聞き、開運の波瀬正吉さんや満寿一の横山保作さんといった名杜氏に現場で教えを乞います。

 「それこそ専門用語の応酬だから、なにくそって覚えたね。相手も“こいつは勉強しとる”と解って、醪製造経過表まで見せてくれたよ」。

 蔵元の信頼を得た竹島さんは、開運と満寿一の大吟醸を1本5千円で仕入れ、店頭でお客様に無料試飲してもらいます。静岡酒のオーダーがもらえるまで、それから3年かかったそうです。

 入船鮨に勤めて40年。そのうちの30年近い歳月を地酒の普及振興に費やし、来春、定年退職するという竹島さん。

 この連載を終えるにあたり、「このカウンターで一人で酒を飲めるようになるのが夢でした」と意を決して訪ねた私を、10年前と変わらない笑顔で迎えてくれました。竹島さんが教えを乞うた前述の偉大な功労者たちに、竹島さんご本人を加えて、心から感謝の気持ちを贈ります。素晴らしい地酒をありがとうと。