3月30日開催の『しずおか地酒サロン~松崎晴雄さんの静岡県清酒鑑評会2011うらなばし』のつづきです。ここでは松崎さんの講話をかいつまんで紹介します。
今年の静岡県清酒鑑評会と全国の新酒の傾向、そして『正雪』の思い出
松崎晴雄氏(酒類ジャーナリスト・静岡県清酒鑑評会審査員)
静岡の酒は学生の頃から好きで、これまでの日本酒人生のエポック時にも大きな存在となっています。
長年、静岡酒の個人的ファンでもあるということを買っていただいたのか、12年ほど前、当時の静岡県清酒鑑評会の審査委員長だった河村傳兵衛先生からお声掛けをいただき、以来、民間代表で審査員を務めています。
今年の新酒、つまり昨年秋に収穫された米での酒造りですが、ご存知の通り、昨年は猛暑の影響で米質が悪く、飯米はもちろん酒米についても同様で、ベテラン杜氏さんからさかんに「造りづらい」という声を聞きました。
具体的にどう造りづらかったかは、私は専門家ではないのでいろいろな人から聞いた話を総合して判断するに、まず米粒が小さいということ。酒米は飯米よりも3割ほど大きいのですが、本来の大きさに比べて小さく、しかも硬い。
日本酒は高度に精米してから使うのですが、米粒が小さいうえに硬くて割れやすい。精米が非常に難しかったようです。出来上がった酒も、本来の米の味がのった酒にならない。すっきりきれいな酒だが、薄っぺらいという欠点がある。新酒の時期はよくても、夏を越して味がのってくるのかどうか不安だと言う声もさかんに聞きました。
静岡県の審査を振り返ってみますと、全般的には、香りはいつもと同様、静岡らしいきれいな香りでしたが、味のキレがやはりイマイチという印象でした。静岡の酒は繊細でスマートながら、味と香りのバランスの良さが特徴です。もともとコメの味を出しきってしまうという造り方ではないので、味の印象がさらに薄かったという感想を、当日審査された専門家の先生方もおっしゃっていました。
その中で『正雪』と『磯自慢』がトップになったのは、審査を務めた他の蔵元さん曰く、山影純悦さん(正雪)、多田信男さん(磯自慢)という静岡を代表するベテラン杜氏さんの技の蓄積がモノを言ったようです。
11日に(銘柄がわからないブラインド状態の)審査があり、23日に一般公開と表彰式がありました。
会場であらためて銘柄のついた状態で見ると、トップの『正雪』はバナナやメロンのフルーティな香りが印象的で、香りの冴えが素晴らしかった。吟醸の部の審査は1審から3審まであり、最後の3審では同点が2つ(正雪、磯自慢)で最後に決選投票を行い、僅差で正雪さんになったわけですが、磯自慢さんの酒は含みの柔らかい、口中で香りがフワッと立つタイプで、正雪さんとは対照的です。決選投票では2つのうち一つは正雪ではないかと思ったのですが、あたりでした。
静岡の酒が全国新酒鑑評会で大量入賞し、注目されたのは四半世紀前の昭和61年のことです。
現在の全国新酒鑑評会では、出品点数1000点余のうち金賞は220~230点ほど選ばれますが、当時は700~730点の中から100点ほどでした。今よりも狭き門だったんですね。
受賞するのは、吟醸酒の先進地である広島や、兵庫や京都の一社で何蔵も持っているような大手メーカーが多かったのですが、その中で突然、静岡が金賞10点で全体で1割ほど持っていったということで、大変注目されました。それまでの吟醸酒とは味も香りも違うし、非常に洗練されている。吟醸酒の香りはワインと比較され、デリシャス林檎になぞらえ始めた頃で、静岡の吟醸酒がまさにその象徴となりました。
私は昭和61年の鑑評会には行っていなかったのですが、市販酒をいろいろ呑み、静岡酒は低酸で軟水の特徴を活かした非常に呑みやすい酒だと印象付けられました。当時、西武百貨店の酒売り場にいた私は、なんとか静岡酒を入手したいと思い、試飲した中でも一番気に入って最初に訪ねたのが『正雪』の神沢川酒造場でした。
当時、静岡酒を扱う販売店は一部の地酒専門店ぐらいで、卸会社ではほとんどありませんでした。私は正雪の蔵元に直接電話をし、望月社長(先代)にお会いできることが出来ました。そのときすでに蔵に大吟醸の在庫はなく、西武静岡店や、静岡と清水の間の国道1号線沿いにあったシノブ屋さんを訪ね回った記憶があります。
由比にある正雪の蔵を訪ねたのはちょうど8月の暑いさかりで、冷房のない奥座敷に通され、望月社長から煎餅をつまみに試飲を勧められました(笑)。芳しい、さわやかな香りと、透明感が印象的でした。お目当ての大吟醸は結局、静岡のやまざき酒店さんで手に入れて帰ったと思います。1本2000円ぐらいでしたね。これが静岡で手にした初めての酒で、以後、西武百貨店で直接取引が始まったのも正雪でした。
今はいろいろな新しい酵母が出てきて、香りばかりでなく味も濃厚で酸が高く、当時よりも3倍ぐらい味も香りも酸も高いものが出回るようになりましたね。その点、低酸でバランスの良い静岡酒は、食中酒としての汎用がきき、魚料理や山菜料理と良く合います。
静岡の中でも、25年前と違い、最近では各蔵の独自スタイルが出てきました。静岡吟醸の造り方がベースにあるにせよ、同じ静岡酵母を使ってもその蔵の持ち味が生きている。
藤枝の『喜久醉』は、香りがきれいな中にも味がしっかりのっているし、先月訪ねた沼津の『白隠正宗』は静岡酵母NEW5だけを使い、味ののったタイプを作っている。なんでも沼津のひものに合う酒を目指していると言っていました。島田の『若竹』は切れ味がある男性的な酒ですね。
それぞれに特徴があり、水の違いや蔵元の考え方の違いもあると思います。そのあたりをあれこれ呑み比べるのも楽しいですね。
正雪さんは、ここ何年か受賞から遠ざかっていましたので、今年の受賞はひときわ心に残ります。受賞酒も、25年前の初印象時とさほど変わらず、香りの冴えをもう一度味わうことが出来、感動しました。本当にありがとうございました。(文責/鈴木真弓)