東京では昨日(6日)、桜の満開となりました。“お花見自粛”の風が吹 く中、上野公園に行ってみたら、大勢の花見客でにぎわっていました。シートを敷いてグループでどんちゃん騒ぎしている人はいませんでしたが、桜の木の下に座ってお弁当を広げる家族連れやカップルで、通路の両サイドは鈴なりになっていました。こうして見ると、いつもの春と変わらぬ光景で、どこかホッとさせられます。
昨日はわざわざ上野まで桜を観に行ったわけではなく、蔵元の新酒試飲会にうかがいました。今回、被災された宮城県石巻市の『日高見』蔵元・平孝酒造さんです。
過去記事でもふれたとおり、この蔵には松崎晴雄さんのご案内で、しずおか地酒研究会の仲間で訪問したことがあります。一度しかうかがったことがない、ただの地方の地酒愛好会なのに、蔵元の平井さんは 毎年ご丁寧に年賀状をくださり、東京の地酒イベントや全国新酒鑑評会等でお会いしたときはちゃんとご挨拶もしてくださる誠実な方でした。
石巻市の状況をテレビで観るにつけ、何度お電話をいれても通じず、本当に心が痛みましたが、先日、地酒サロンに来てくださった松崎さんから「平井さんが毎年東京の小泉商店さん(酒卸店)で開催する新酒試飲会を、今年もやるそうです」と聞き、ビックリ感激しました。小泉商店のお取引先の酒販店や飲食店さんが対象の、内輪のきき酒会とのことでしたが、松崎さんのご配慮で飛び入り参加させてもらいました。
会場の小泉商店は地下鉄日比谷線『入谷』から徒歩数分の、台東区竜泉にあります。2階の広い会議室が試飲会場になっていて、平井さんが時間を区切って被災状況や出荷計画等の説明会をしてくださいま した。
●平孝酒造の蔵は小高い山にちょうど守られた形で、津波の直撃をまぬがれたが、山の両側は運河のようになってしまい、事務所は膝上ほど浸水。冷蔵庫がこわれ、貯蔵酒が破損した。
●すぐに従業員や蔵人の安否を確認し、醗酵中のもろみのタンクを見に行ったら、仕込み蔵は足首ほどの浸水で大小16本のタンクは直接被害を免れたものの、地震の揺れでもろみがあふれ出て、蔵の床は白いじゅうたんを敷き詰めたような状態。その中から今まで聞いたこともないジュワーッという(醗酵中の炭酸ガス)の音が響き、もろみが“助けてくれ”と叫んでいるように聴こえた。
●電気・ガスが止まって、醗酵中のタンクを冷やすことも搾ることもできず、1週間放置せざるをえず、全廃を覚悟した。10日目にようやく電気が来て、11日目からタンクのもろみを冷やし、2週間目の3月25日から搾りを再スタート。今日は25日から4月1日まで連日上槽したものを持ってきたが、日本酒度は-12から+13までバラついた。なぜそうなったのかはよくわからないが、あの状況で+10を超えるようなしっかりとした酒になったのは驚きだった。本当によく耐えて酒になってくれたと思う。
●自分が蔵を継承したときは、蔵は継続困難の危機的状況だった。そのときに比べれば、応援してくれる人が周りにたくさんいて、精神的には楽だし、必ず復興してやる!と意欲が湧き上がっている。おにぎりやカップラーメンばかり食べていたので少し太りました(笑)。
●ふだんは恥ずかしくて口にしないが、今は素直に「感謝」という言葉が出てくる。蔵を守ってくれた山に感謝し、力強い酒になってくれたもろみに感謝したい。震災被災酒は、6月頃を目標に、震災に耐えた復興の酒として発売したい。
『日高見』は、兵庫県産「山田錦」と、山田錦のルーツ品種ともいえる「山田穂」「短稈渡船」「愛山」、また岡山県「雄町」、地元石巻産「ひより」、「ひとめぼれ」「蔵の華」など酒米の特徴を活かした商品群をそろえています。
酵母は全量、宮城酵母を使用。宮城酵母には数種類あるようですが、中には静岡酵母に似た酢酸イソアミル系の香りもあります。低酸の静岡酒に比べ、全体に酸もアミノ酸も高く、これに米の特徴が加わり、「米の酒を飲んでいる!」という手応えがありました。
震災被災酒はガスが復旧していないため、火入れが出来ないとのことで、生原酒の状態で試飲しましたが、日本酒度や酸度に幅があり、荒々しい状態のせいか、よけいに「日本酒とは、米の命を引き継いで生まれ変わるものだ」と実感させられる味でした。やっぱり米の力、微生物の力には、人間の想定外のパワーがあるのです。
「・・・6月に商品として出荷される頃には、酒が落ち着くように、被災地にも落ち着きが戻ってきますように。みんなが笑顔で復興の酒を乾杯できますように・・・」。帰りに寄り道した上野公園の桜に祈らずにいられませんでした。
なお、小泉商店さんから『日高見』が買える静岡県内の酒販店として、今井酒店さん(伊東)、松浦酒店さん(沼津)、酒舗よこぜきさん(富士宮)を紹介していただきました。ぜひ応援してあげてくださいね!